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【ヴィレッジ(ネタバレ)】村人がついた嘘を徹底解説!ノアは何故怪物のふりをした?実在の村がモデル?黄色と赤の示すものとは

出典元:https://www.amazon.co.jp/dp/B0001A7D0E/cinema-notes-22

M・ナイト・シャマラン監督といえば映画『シック・スセンス』や『サイン』などの大ヒット作で知られています。

それ以降も20年近くに渡ってハリウッドで映画を作り続けてきました。

多くの人は大どんでん返しがあるミステリー映画を得意とする監督としてご存知のことでしょう。本作『ヴィレッジ』もまたその1つです。

この映画ではその仕掛けが村人たちがついた嘘になります。ここからはその嘘をさまざまな角度で徹底解説します。

また村の実在するモデルとして挙げられる宗教民族・アーミッシュの生活様式やその黄色や赤色に対するコンセプト。

そしてノアがなぜ怪物と同化してアイヴィーを襲ったのかということまで幅広く見てゆきましょう。

村の嘘を正当化するための洗脳方法

村の嘘は村人の年長者による巧みな洗脳によって成り立っています。1つずつ見てゆきましょう。

森への境界設定

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映画の舞台となる村では、若者たちがその村を19世紀のアメリカの寒村だと思い込んでいます。

村の年長者たちが、さまざまな方法でそう洗脳しているからです

現代社会から村に移住した第一世代である村の年長者たちは、第二世代の若者たちにそこが100年ほど前の時代だと思い込ませようとしています。

そのためには若者たちを村の外に出してはいけません。そこで彼らは村を囲む森を「禁断の地」として子どもたちに教え込んでいます。

森には厳密な境界線がありそれを超えると森の怪物に殺されてしまう。そのような恐怖伝説を捏造して洗脳しているのです。

素晴らしい点は鑑賞者もそう思い込まされるように作られていることです。

若者が森への境界線を超えると衝撃音が走る。また若者が森にいると不自然に草木が揺れる。

このような効果によって鑑賞者もまた洗脳されてしまうのです。

殺し自体を目的化した殺害の呼び起こす恐怖

好奇心旺盛な若者はただ言って聞かせるだけでは森の不可侵ルールを守ってはくれません。

そこで年長者たちはタブーを犯したときの罰を考えています。その1つが生き物の皮はぎでした。

誰かが森に入ったことが分かれば、年長者たちは皮をはいだ小動物の死骸を村のあちこちに吊るします。皮はぎは非常に効果的です。

どれほど獰猛なプレデター・捕食動物でも食べること以外の目的で狩りはしません。

殺すことそのものを目的とした皮はぎは現代社会の猟奇殺人事件のように人に大きな恐怖を植えつけるのです。

森の怪物の訪問

なまはげ 赤

森への大きな侵犯があったとき年長者の誰かが怪物に扮して村の家々を訪ね歩きます。そうして恐怖を植えつけるのです。

これは一歩間違えればコメディにもなります。実際、村の小さな子どもにはそれを楽しむ子もいました。

これには秋田県の伝統行事「なまはげ」を思い出した人もいるでしょう。

なまはげの訪問もまた共同体を健全に維持するための一種の威圧行為といえるのではないでしょうか。

怪物の捏造は独裁国家が作る仮想敵国とも一致します。独裁者はどこかの国を悪魔のように捏造して国民を一致団結させるものです。

いずれにせよ狭い共同体にとって怪物は重要な存在だといえるでしょう。

語ってはならないという言論統制

年長の村人たちによる洗脳の核心には厳しい言論統制があるでしょう。彼らは子どもたちに森や怪物について話すことさえ禁じています

どんなに絶対的な存在でも大勢で語ったり深く考えたりすればボロがでてその価値が揺らぐものです。

語ってはならないという言論統制は絶対的な存在とその奴隷を生み出す元になります。

これは人間から考えること・思想の自由を奪う最も恐るべきルールだといえるでしょう。

このように『ヴィレッジ』では村の嘘を正当化するためのさまざまな洗脳方法がリアルに設定づけられているのです。

村人たちの哀しい嘘

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村は19世紀の寒村ではなく、現代アメリカの国立保護区域にある土地でした。なぜ年長者たちはそんな嘘をついているのでしょう。

犯罪被害者のユートピア

村はいわば犯罪被害者たちのユートピア。村の年長者たちはかつて殺人事件などで大切な家族を失った人たちばかりでした。

そこで彼らは非情な現代社会に見切りをつけ野生生物の保護区域の中にユートピアを築き始めたのです。

日本人にもそれは共感できることかもしれません。

日本でも殺人事件の被害に遭った遺族の多くは、犯人が死刑になっても幾ら時が流れても哀しみが癒えることはないと口にします。

彼らがもしその理不尽な仕打ちの要因を現代社会そのものに見出せば、この映画の村人たちのようになるかもしれません。

村の年長者たちは、決して普通の人には共感できない狂人などではないのです。

資産家による土地の買収と管理

そんなユートピアが現代に生まれるはずがないじゃないかと思う人もいるでしょう。映画にはそんな疑問に答える幾つかのヒントがあります。

まずヒロイン・アイヴィーの父は村長的な立場であり、彼の父はかつて資産家だったことが明かされます。

そしてウォーカー国立保護区の職員の1人は村について他言無用であること。

また誰かの遺産で職員の給料が支払われ、かつて政治家が上空の飛行を禁じたことに言及します。

アイヴィーの名前はウォーカーであることから彼の祖父がこの国立保護区の所有者だったことが推測できます。

つまりウォーカー家の財力や政治力によって村が存続していると取れるのです。ユートピアの設定はしっかりしているといえるでしょう。

フェイクニュースの現代にも通じる嘘の聖域

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映画『ヴィレッジ』はホラー映画という見方も出来ます。

しかしその恐怖の元には目に見える怪物ではなく、嘘をつき続けるための情報規制があるといえるでしょう。

村の年長者たちは嘘を突き通すためにさまざまな嘘をばらまき若者たちを洗脳しています。

それは真実よりも嘘が力を持つ「ポスト・トゥルース」の現代社会にも通じています。

何か1つの嘘に執着する人にとってインターネットはこの映画の村と同じものになるでしょう。

そこにはその1つの嘘を強化するために無数の嘘が存在します。

さらにネットの場合は無数の真実も紛れ込んでいるのでその嘘がより強化されることになるのです。

その意味で、この映画の村は今も世界中のありとあらゆる場所に存在するといえるのではないでしょうか。

ノアはなぜ怪物になってアイヴィーを襲ったのか

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村の若者の1人・ノアは精神弱者であり成人後も子どものように振舞っています。彼の取った最後の行いには不思議な点がありました。

怪物伝説を見抜いていたノア

ノアはアイヴィーへの純粋な恋心ゆえにルシアスをナイフで襲い、その後は怪物の扮装をして森の中でアイヴィーを襲います。

この展開になぜと思った人は多いでしょう。

まずノアが怪物に扮していたことからは、彼が怪物伝説を嘘だと知っていたことが読み取れます。

実際に一度、怪物が村の家に現れたとき彼はそれを大いに楽しんでいました。

ノアは子どものように鋭い感性で、村の年長者たちの嘘を見抜いていたのかもしれません。

そこで彼はいつか怪物の跡をつけてその衣装の隠し場所を知ったのではないでしょうか。

好きだったアイヴィーを襲った理由

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ノアが森の中でアイヴィーを襲ったのは愛の裏返しだったといえるでしょう。

精神病者の中には少なからず他人に対して肉親に向けるような過剰な情愛を投影する人がいます。

だからこそそれが裏切られたとき、その愛は深い憎しみに暗転するのです。これはストーカーになる人の深層心理にも当てはまります。

一方でノアがわざわざ怪物に扮して殺害に及んだのは、彼のどこかに罪悪感があったからではないでしょうか。

怪物が殺したことにすれば責任を免れることができる。そんな自己ぎまんの心理が働いていたのかもしれません。

実在するモデル・アーミッシュについて

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映画の村は、アメリカやカナダに実在する宗教民族・アーミッシュのコミュニティがモデルになっているといわれています。

アーミッシュは2019年のアメリカにおいて30万人を超える規模になっており、未だに18世紀の質素なライフスタイルを送っています。

映画の村にそれほど宗教色はありませんが、電気や車などの機械を使わないという点で共通しているといえるでしょう。

北米に住む人の多くは身近にいるアーミッシュの存在によって映画の村にリアリティを感じたはずです。

黄色と赤色が示すもの

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村の生活様式として色が大切な要素となっています。アーミッシュの例も用いて色の文化について見てゆきましょう。

イノセントな黄色

アイヴィーが森に入るとき護衛の2人と共に身につけていたのはレインコート風の黄色い服でした。

それは黄色を聖なるカラーとするアーミッシュの文化に基づいていると見て取れます。森の怪物から身を守るために黄色の服をまとったのです。

アーミッシュの少数民族・バイラーアーミッシュも馬車の幌を黄色にします。それもまた盗賊などの災いを避ける意味合いがあるのでしょう。

日本でも黄色には聖なる印象があります。幼稚園児や小学生が黄色の帽子をかぶるのもそのためでしょう。

古今東西、黄色がイノセントさを意味するのは花と関係したことではないでしょうか。タンポポや菊などほとんどの花は黄色です。

宗教に関係なく黄色は人に良い印象を与えるものだといえます。

派手さと恐怖のシンボルとしての赤色

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映画冒頭で、少女たちが赤色の花を摘んで土の中に埋めるシーンは非常に象徴的です。

それは花でさえ許されないほど赤がタブーになっていることを示しています。アーミッシュも派手な赤色の服を着ることを極力禁じています。

おそらく虚栄というキリスト教の原罪につながるからでしょう。

森の怪物が去ったあと家の扉に残すサインも赤色でした。赤は虚栄であると共に恐怖のシンボルでもあるのでしょう。

オハイオ州のアーミッシュは納屋の色を赤にし、メイン州のアーミッシュはハンティングの際に赤色のジャケットを着るそうです。

それもまた自分やその所有物を恐怖の色に染めることで悪を威圧しようとする心理の表れかもしれません。

そして赤は何よりも死に結びつく鮮血の色なのです。

いずれにせよ赤色はほとんどの宗教においてタブーともいえる不吉な色だといえます。