パターソンが運転するバス内での客の会話。パターソンが街で出会う人々。
また毎晩ビールを飲むバーでも毎日少しずつ変化は起きているのです。
2人が住む家は画角とサイズが固定的に示され、不変なものとしてのリズムを奏でています。
それらは先述のような「詩」を構成する要素の1つと受け止めることが出来ます。
毎朝の腕時計が示す時間も
毎朝繰り返される朝のシーン。俯瞰で捉えられるパターソンとローラ。
2人の寝相やローラが身にまとっているものが少しずつ違います。
そしてパターソンが取り上げるベッドサイドの腕時計が示す時間も微妙に遅くなっていくのです。
これも日々の繰り返しの中の少しの変化を表現し、まるで「頭韻」を踏んでいるような印象。
さらにローラが双子が欲しいわね、と語ることからパターソンの目に繰り返し双子が写り込んできます。
この双子も映画全体を詩として整える上での「中間韻」のような存在といえるでしょう。
重要なマーヴィンの存在
愛犬マーヴィンも「映画詩」を構成するキャラクターとして重要です。
この映画はパターソンとローラと犬のマーヴィンで成り立っているといえます。
家の中のシークエンスでは必ずアップで登場するマーヴィン。その表情は変化しているのかいないのかよく分かりません。
作品中最大の出来事であるマーヴィンがパターソンの大事な秘密のノートをビリビリにしてしまった時ですら。
マーヴィンの行為に対し、パターソンは凹みますが、
お前なんか嫌いだ…
引用:パターソン/配給:ロングライド
とつぶやくだけで、決して怒らない穏やかなパターソンのキャラクターを照らし出す役割を担います。
日々変わらないものと変わるものの象徴のような存在です。家のポストを蹴って傾けることも。
マーヴィンはこの演技?でカンヌ国際映画祭において「パルム・ドック」賞を受賞しています。
パターソンとローラ
寡黙で内省的なパターソン、それに比べてアクティブで外交的、積極的なローラ。
パターソンの作る内省的な散文詩に応呼するように、ローラは活発です。カントリー歌手になる、といってギターを買います。
家の中を白黒とドット(水玉)に塗り替えていきます。白黒の服を買います。
こうして曜日を追うごとに家の中の風景が変わっていくのです。
彼女の作る「秘密のディナーパイ」と称するあまり美味しくない料理にまつわるシークエンスはそこだけで1編の詩のようです。
ルーティンのように動く日々の暮らしの中に少しずつ変化を与えるローラの行動も映画全体に詩情を与えています。
何かが起きそうで起きない点
劇的な事は起きないけど、毎日の何気ない生活の中に小さい変化は起きているとする一方で、その逆のパターンも提示しています。
日々変わらないテーゼに対するアンチテーゼと見せかけて、重ねて日常の変わらなさを強調しようとする魂胆と見て取れます。
一方で、普段の日々の中にで変化に気づき、それを幸せと感じる感性を大切に、という点を力説するための工夫ともいえるでしょう。
ドッグ・ジャック
夜の散歩の時にオープンカーで近づく黒人青年のグループが、「犬、盗まれないようにな!」と声を掛けます。
パターソンは夜の散歩の時、犬をバーの外に繋いでおくのですが、映画を観ている人は彼らの発言に「不穏な気配」を感じるはず。
しかし、何も起きません。
バス、エンスト
ある日パターソンの運転するバスがエンストしてしまいます。結構な人数の客が乗っています。パターソンは携帯を持っていません。
「不穏な気配」を感じますが、お客は怒らず、下校時と思われる少女がパターソンにスマホを貸してくれて一件落着。