逆にいえば「百円の恋」は地味なテーマに過激なスパイスを大量に塗すことで作品自体を派手に見せているともいえます。

一子の涙

様々な人間関係に翻弄される中で、一子を大きく一変させたのがボクシングとの出会いです。

ここで初めて知り合った狩野祐二を初めとするジムの人達と関わっていくことで一子はどう変わったのかを見ていきましょう。

甲斐性なしの祐二

この甲斐性なし!と言われるとツラい~日本語は悪態・罵倒語が面白い~ (光文社新書)

「百円の恋」の「恋」の象徴として一子の前に現れたのがプロボクサーの狩野祐二、演じるはかのイケメン俳優・新井浩文です。

プロボクサーで肉体美もあり一子の対比としていい男に見えますが、二人の関係もまた決して良いものではありませんでした。

プロボクサーの割にいざ試合に出るとガードしてばかりでちっとも勇猛果敢に攻撃しようとしません。

その癖プライドばかり高く、人に従うのが嫌いという男の駄目な部分を集約させたような甲斐性なしの男です。

彼が一子を店外デートに誘った理由も「断られなさそうな気がした」という、全国の女性を敵に回しそうなものでした。

つまり、一子は祐二に舐められているわけであり、「都合のいい女」としか見られていません。

一子が流した涙の意味

悔し涙 ぽろり

祐二との出会いもあって青木ジムに通うことになり、二足のわらじを履くことになった一子は風邪を引いて倒れてしまいます。

一子はここで祐二を前にして涙を一際大きく流してしまいます。何故でしょうか?

料理の不味さに涙を流したのではなく、また祐二に優しくされたから泣いたわけでもありません。

一生懸命頑張ってるのに何もかもが上手く行かないことに悔しさを感じたからです。

やることなすこと全て裏目に出て、自分を変えようとしても変えられず結果が伴わない苦しさ…そうした悔しさや怒りから来る涙。

そしてそれは感情を余り見せてこなかった一子が明確に変わった瞬間でもあり、ここから本当の「百円の恋」が始まるのです。

怒りや憎しみを糧に

怒りや憎しみにとらわれた子どものために (子どもの心理臨床)

簡単に一子と祐二の関係が男女の色恋になるわけでもなく、祐二は別の女と豆腐屋として働きはじめ一子を「妹」扱いします。

肉体関係まで持った祐二も甲斐性なしから変わることがなく元の木阿弥、またもや一子は「裏切り」を経験するのです。

理解者に恵まれない彼女の怒りと憎しみを糧とした孤独な戦いはここから始まります。

ロバート・デ・ニーロの再来

レイジング・ブル 新生アルティメット・エディション

ボクシングを本格的に始めてからの一子は人が変わったように、凄く精悍で鋭く格好いい女性へと変貌していきます。

「百円の恋」を語る上で安藤サクラの役者魂は外せないでしょう。10日間で体作りを行ったそうで、その役者魂は尊敬に値します。

ボクシング映画では「レイジング・ブル」のロバート・デ・ニーロが徹底した体作りを行った例として有名です。

故に本作における安藤サクラは和製版ロバート・デ・ニーロとでもいうべき凄まじい役者魂の持ち主でしょう。

ボクシング経験者というだけでは収まりの付かない役者としてのプロ意識がよりボクサーとしての一子を格好良くしているのです。

「立ち向かう」者と「逃げ出す」者

百円生活をクビになった一子は父と再会し、実家へ帰り、弁当屋を手伝ってた時に祐二と再会します。

祐二は豆腐屋の人力車を奪われた後、警備員をやっているという相変わらずの甲斐性なしです。そんな祐二を見かねた一子の言葉。

捨てられたんでしょ

引用:百円の恋/配給会社:SPOTTED PRODUCTIONS

強烈に祐二を皮肉った台詞ではないでしょうか。祐二は女を利用しているつもりのようで実は「利用されている」のです。

ボクシングを通して様々な理不尽や苦難と戦い、立ち向かう一子とは好対照を成しており、関係は逆転していました。

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