このため「時間を稼ぐ」「強固な守備」という面では、地下要塞化がメリットが大きいかったのです。
地下要塞化のメリット2:ゲリラ戦
攻撃しては撤収を繰り返すゲリラ戦は、これまでの日本軍が使ってきた戦法でもありました。
数的不利の軍が数的有利な軍に対して行うのがゲリラ戦で、硫黄島の戦いにおいても使われた戦法です。
ゲリラ戦は、相手に大ダメージを負わせられない分味方もダメージが少ない、心理的に不安にさせる、などの効果があります。
結果的にアメリカ軍は硫黄島攻略に手こずり、当初の予定よりはるかに日数と人員、火力、犠牲を払って硫黄島を攻略することになりました。
硫黄島を死守する目的達成に、この作戦が有効的であったことは戦後のデータが証明しています。
西郷一等兵はなぜ殺されなかったのか?
戦時中に敵兵を殺さないことは、味方から見るとおかしな話です。(利用するなら話は別)
しかし戦争においても「むやみに殺さない」という国際的なルールがありました。
各国政府高官は戦争を「国際紛争を解決する手段」として正当化していたのがこの時代。
その手段を行使する上で、守らなければいけないルールがあり、そのルールによって西郷一等兵は殺されなかったと考えられます。
西郷一等兵が殺してはならない「ジュネーブ条約」とは
西郷一等兵を守ったのは「ジュネーブ条約」という国際条約で、これにアメリカが加入していたからです。
では、そのジュネーブ条約の条文の中身はどのようなものでしょうか。
別名「傷病者の状態改善に関する第1回赤十字条約」
ジュネーブ条約は別名「傷病者の状態改善に関する第1回赤十字条約」(その後何度か改正される)と呼ばれます。
簡単に中身を説明すると、戦地で傷病者や捕虜となった者に対しては人道的に扱わなければならない、という中身。
つまりこの条約に加盟した国は、戦時中といえど怪我をした相手兵士や投降してきた相手兵士はむやみに殺してはいけないのです。
西郷一等兵は丸腰なので「捕虜」
映画ラストで西郷一等兵はついにアメリカ兵に見つかります。
その際、栗林中将が持っていた銃をアメリカ兵が持っていたのを見て、シャベルで応戦しましたが気絶させられました。
応戦してはきたが、ほぼ丸腰同然の兵士をアメリカ兵は「捕虜」と捉えたのです。
捕虜としたからにはジュネーブ条約に従います。(それに従うほど余裕があるともいえる)
結局西郷一等兵は、ジュネーブ条約に守られ殺されなかったのです。
同じく捕虜だったのに殺された元憲兵の清水
同じく捕虜となったのに殺された元憲兵の清水がいます。
清水と西郷が違ったのは、捕虜になった状況です。まだ戦火が激しい状況の中で、敵兵に投降した清水でした。
こうなると捕虜の清水を誰かが見張らなければなりません。見張りを続けるアメリカ兵から見ると捕虜は「ただのお荷物」です。
本部隊は別で行動しているので、清水に対して何をしてもばれないと考えたアメリカ兵は、清水を殺害します。
一方西郷は勝敗がほとんど決まった段階で見つかり、さらには隊長を含む部隊全体に捕虜とされました。
つまり捕虜になった時、アメリカの部隊には精神的・時間的余裕があったため、西郷を殺さなかったと考えられます。
作戦変更の真意と西郷が殺されなかった理由
栗林中将が作戦変更をしたのには、以下のような理由からだとまとめられます。
- 栗林中将の合理的なものの考え方
- 制海・制空権を取られている状況
- 水際作戦より地下要塞化の方がメリットが大きい
栗林中将に3度助けられた西郷一等兵が殺されない最も大きな要因は、ジュネーブ条約があったからだと考えられます。
もしかすると最後まで殺されなかったのは、栗林中将の思いが味方したからかもしれません。