法師との出会いはアシュラにどんな影響を与えていくのでしょうか?
この時代は貴族の他に豪族(地頭)の権力も強く、それらの家に使える下人(奴隷的な立場)が存在します。
アシュラにとってこういった上下関係は無意味でした。人と見れば自分の敵ですから相手が誰かとは関係ないので事件が発生してしまいました。
人からの施しと迫害
アシュラは下人の子供達と出くわし弱った子供をねらいついて行き、下人の男におにぎり一つで追い払われるもつきまといます。
貧しい下人でも死にかけた子供を守り、わずかな食糧の中でアシュラにおにぎりを与えます。
その一方で地頭の子供というだけで理不尽に下人を迫害する構図が描かれています。下人の子供たちは地頭の息子と仲間達に石を投げられます。
その一つがアシュラにあたりアシュラが地頭の息子を食い殺した事件がきっかけでこの先、アシュラの人間らしさが育っていく経験をするのです。
若狭との出会い
地頭の息子を殺害しアシュラはその父親から追われ、崖から墜落し負傷したところ村娘の若狭に助けられます。
若狭はアシュラの凶暴性に怖がりもせず毎日、食べ物を与え言葉を教え時に遊びしだいにアシュラは人としての基礎が育まれました。
若狭はアシュラが生まれてから一度も味わってこなかった、母親の優しさ「愛」に近いものを与えてくれた娘なのです。
六道の世界に生きるということ
仏教では人の中には六道と言って地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の6つの生命が宿っていると言われています。
人の心はその瞬間の状況で目まぐるしく変化します。
- 地獄:苦しみや恐怖から逃れられない状況。
- 餓鬼:ひとつの事象に固執し抜け出せない状況。
- 畜生:食欲、物欲、睡眠欲など欲にまみれている状況。
- 修羅:対話よりも権力、暴力でねじ伏せようとする状況。
その中でも「人」は平常心でいられる状態のことで「天」は喜びに満ち幸せな状況と言えます。
アシュラの生きた時代は時代そのものがこの六道の中にあって、地獄のような日々に人々は理性を失い餓鬼・畜生・修羅を繰り返すのでした。
アシュラが味わう苦しみとは
若狭との交流で「人」らしい感情が芽生え心に平穏が宿りましたがそれもつかの間でした。
若狭が七郎という恋人と仲睦まじいところを見たアシュラは、唯一信じられる人の若狭を取られたと感じたのでしょう。
その嫉妬から再び修羅の感情が湧きおこり七郎に危害を加えてしまったのです。
嫉妬心というものも大きくみればアシュラの人らしい心の成長であります。ただ、まだ感情をコントロールできない畜生なのです。
初めて味わう苦しみという感情
七郎を傷つけたことで大好きで優しかった若狭から“ひとでなし”と言われアシュラは若狭の元から追い出されてしまいます。
若狭との出会いで人への安心感を覚え、若狭の「ひとでなし」という言葉に傷つき拒絶される苦しみを知り、人への矛盾も感じたアシュラでした。
「こんな苦しいところに生みやがって!生まれてこなければ良かったぎゃあ!ひとでなし!
みんな、みんな同じだぎゃ!あいつらだって食うもんが無けりゃ、殺し合いをしてるだぎゃ!子供を食う奴だっているだぎゃ!