出典元:https://www.amazon.co.jp/dp/B01LTHLE5M/?tag=cinema-notes-22
アメリカの裏社会、特にマフィアの人々の生き様を、その激しい暴力描写をもってライフワークのように描き続けているマーティン・スコセッシ監督。
彼が1990年に手掛けたマフィア映画が「グッドフェローズ」(Good Fellas)です。
スコセッシ監督は、自らニューヨークのリトル・イタリーといわれるイタリア人移民街に生まれ育ち、マフィアたちの中で育ってきました。
実話をベースに闇社会に生きる男たちの「業」のようなものを、ロック&ポップ音楽に乗せて描き出しています。
主人公であるヘンリー・ヒルは、最後に証人保護プログラムに守られ司法取引に応じ、古くからの仲間を裏切りました。
彼の最後の行動はどういう心理からなのでしょうか。
そしてヘンリーの周りで唯一マフィア=コーサ・ノストラのメンバーとなれるトミーが殺されたことはヘンリーたちに何をもたらしたのでしょうか。
スコセッシがマフィア映画を取り続ける意味も含めて考察して行きたいと思います。
ヘンリー・ヒルという男
“Good Fellas”とは
邦題のタイトル表記からすると「Good Fellows」(いい奴ら、いい仲間たち)と誤解しがちです。
fella はfellowの砕けた言い方ではありますが、マフィアの構成員の正式名made man(メイドマン)の別称、あるいは準構成員を指すといわれます。
メイドマンは、マフィアの正式構成員の正式な呼び名だったが、日常的に呼称として使用されるのは稀である。
一般的には、メイドマンはお互いを「ワイズガイ」や「グッドフェラ」と呼び合うのが通常とされる。
引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/メイドマン
ところで、ヘンリーは作品中、一人も殺していません。
冒頭のシーンでジミーとトミーがトランクに銃を何発もぶち込む脇で、目を剥いているヘンリーの姿こそ彼の真の姿。
スコセッシ監督はそのワンカットで彼の性格を描き出したといえるでしょう。
マフィアこそ真のかっこよさ
冒頭からヘンリー・ヒルが自分の生い立ちと環境を彼自身の長いナレーションで語ります。
1955年のブルックリン。ヘンリーはあくせく働くやつはバカで楽して暮らしたほうが賢いと信じ、その目標がマフィアでした。
ヘンリーは少年の頃からとにかくマフィアのメンバーなりたくて仕方がなかったのでした。
しかし、マフィア=コーサ・ノストラというアメリカの裏社会を仕切るファミリーには簡単には加われない掟があります。
両親共にシチリア島生まれのイタリア系でないと駄目なのです。
ヘンリーはアイルランド系。生涯マフィアの構成員にはなれません。
憧れてはいましたが、所詮は「虎の威を借る狐」の存在で行くしかないのです。その姿勢は終始貫かれラストへと繋がっていきます。