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エディ・マーフィが動物と話せる医者ジョン・ドリトルを演じる『ドクター・ドリトル』。
コミカルな話し方や動物たちとのやり取りが面白く、人気がある作品です。
動物と話せる能力によって葛藤をするジョンですが、その葛藤にさまざまな疑問が出てきます。
まずはジョンが動物と再び話せるようになったとき、それをどう感じたのか。
ストーリーは動物たちとの会話を軸に展開し、ラストには大きな病院(カルネット)との合併を断ります。
さらっと合併を断っており、特段理由も説明されていません。
そしてラストシーンでは、人と動物の両方を診断すると言います。その心境の変化も詳しく説明がありません。
それらの疑問について考察を試みていきます。
自分でも信じられない
のちにラッキーとジョンが初めて出会う(車で接触したと思う)シーンで、ジョンは再び動物の声が聞こえます。
もともと動物と会話をしていましたが、そのせいで異常者と疑われ嫌な思いをしてきたジョンです。
自分の中でそれを拒絶し続け、声が聞こえなくなったと思いきや、再び声が聞こえたジョンは何を思ったのでしょうか。
どうやら最初は取り乱すほど信じられない心境だったようです。
ありとあらゆる可能性を考える
ラッキーの声が聞こえた直後のジョンは、再び能力がよみがえったことを拒絶するかのように焦ります。
「ハトやリスの声が聞こえドッキリを疑う、モルモットと以前のように話してしまい事故を起こしかける、15年前に飲んだ薬のせいだと思う、脳波を検査する。」
引用:ドクター・ドリトル/配給:20世紀フォックス
これらのことから、ジョンは再び声が聞こえる現象を拒否しているようです。
かなり焦っており、取り乱していました。ジョンにとって動物と会話をすることはトラウマがあるのです。
困っている生き物は放っておけない
どんなに声が聞こえても、医者という仕事柄なのか困っている生き物は放っておけません。
ラッキーが保健所に連れていかれる姿を見て、それを追いかけます。さらに、保健所は処分寸前の犬の声が聞こえる環境です。
さすがに心を痛めたのか、ラッキーを保健所から連れ出したジョンは会話を拒絶してはいませんでした。
困っている人がいれば、手を差し伸べるのがジョンの性分です。後のシーンでも動物と話せることの優位性を感じます。
ジョンの心境が一歩前進するのは、困っているものは放っておけない優しさがきっかけでした。
気付いていた宿命
動物たちとの会話を拒否し続けていたジョンですが、実は心の奥底では能力を認めていたと思われる言葉を発しています。
塔から飛び降り自殺しようとするトラとジョンが会った時、トラがなぜ自分を助けるのかジョンに聞きました。
「助ける力があるから。これが俺の宿命なんだろ。あんたも俺に助けられるって宿命なんだろうな。きっと。だから、こうして巡り会った。」
引用:ドクター・ドリトル/配給:20世紀フォックス
ジョンはこのように答えました。このセリフから、ジョンは心の奥底では自分の能力を受け入れていたと考えられます。
つまりジョンは動物たちと会話をし、治療するのは宿命だと自覚していたのです。
駆け出しの充実感を思い出す
トラの治療を終え、それを見た合併先の先生が合併の話を持ち掛けますが、ジョンはそれをさらっと断ります。
実はジョンはこの時すでに、病院を開業した当初のワクワク感を思い出しており、合併をすればそれが無くなると判断していたのです。