「ソウル・キッチン」はそうやってさまざまな苦難を乗り越え、人との巡りあわせの中で発展させていきました。
愛と裏切りと絶望
ジノスは上海行きの準備をすすめつつソウル・キッチンの存続に奔走し、運も味方につけて店を繁盛させ兄のイリアスに経営を任せます。
そこまでするほどにジノスは恋人のナディーンを必要とし、自分の分身ともいえるソウル・キッチンを守り通したかったのです。
愛する者の裏切り
上海に行く日の空港でジノスは帰国したナディーンに遭遇し上海行きを取りやめ、ぎっくり腰を悪化させた上に不幸がまきおこります。
- ナディーンが上海で他の恋人を作り裏切る
- イリアスの裏切りでノイマンにソウルキッチンを奪われる
ジノスが必死に守ろうとした魂は愛する者の裏切りによって、いとも簡単に奪われました。
「ソウル・キッチン」の消滅はジノスの魂が消滅したことと同じで、魂の消滅とは深い心身喪失と同じで判断を誤らせます。
ジノスの心神喪失は自分の部屋を焼失させたり、ノイマンの事務所へ窃盗に入り逮捕されたりするほどでした。
幼子らしさを捨て成人に
出所したジノスはマヒした足をなんとかするため、臨床医のアンナに助けを求めるしかない状態です。
この時のジノスの心境を表現するのであれば自分に起きていることがぼんやりとしていて、先行きも見えない状態だったでしょう。
その時には 顔を合わせ見るようになる
今はよく知らなくても
引用:ソウル・キッチン/配給会社:ビターズ・エンド
それでも整体の施術の瞬間にみつめたアンナの顔ははっきり見えて、それはまるで聖母のようでジノスに希望を与えました。
ジノスはナディーンとの恋愛や仕事のことも幼い思考で判断しやってきました。それがアンナによって心身ともに救われ成人したのです。
残るものは信仰と希望と愛
その後はナディーンとの別れに決着をつける時に流れた曲「ケ・セラ・セラ」の通り“物事は勝手にうまい具合に進むもの”でした。
ナディーンの祖母の葬儀で神父の言葉がどれほどジノスの心に残っていたかはわかりません。
その時には はっきり知るようになる
そして 残るのは3つ「信仰と希望と愛」なのだ
その中で最も大いなるものが、愛である
引用:ソウル・キッチン/配給会社:ビターズ・エンド
それでもジノスの心に変化は見えました。ナディーンの裏切りを許し、兄やかつての仕事仲間を気遣い行動する気持ちなれたのです。
どちらかといえば自己中心的だったジノスが心を入れ替えたことで、店を取り戻し「ハレルヤ」の意味する奇跡になったのでしょう。
クリスマスに魂の料理をふるまってアンナをもてなしたのは、事情も聞かずにジノスを救ってくれたアンナへの感謝が愛に変わったからです。
心も満たしたレストラン「ソウル・キッチン」
冒頭で解説した通りこの映画のテーマはアキン監督と主演のアダム・ボウスドウコスの「郷土愛」や「思い出」が発露です。
しかし、観終わって感じたことは人は人によって魂が突き動かされ、成長していけるということでした。
この映画は理論的にメッセージを伝える作品ではないので、観る人の感性にゆだねられる部分が大きい作品だといえるでしょう。