彼はやっぱり復讐したかったのです。
それは目崎が確保された時も被害者を装ったシーンに滲み出ています。
雨宮は幸田の人生を賭した説得によって誘拐殺人犯にならずに済んだのです。
余談ですが、雨宮の家の湯沸ポットの横に酉年の置物が飾られていました。
とても小さなものなので見逃した方も多いと思いますが、事件発生時に1年生だった翔子ちゃんの干支だとわかります。
映画スタッフの驚異的なこだわりを感じる仕込みです。
ラストシーンで伝えられたこと
翌年の1月15日、目崎の二女から預かった餅花を焼くために三上夫婦がとんど会場に来ます。
そこには雨宮も来ていましたね。
彼らの昭和が終わった瞬間です。
新聞記事
三上の行為を暴行事件として掲載した新聞が発刊されました。
そこには三上の行動を説明する過程を装いつつロクヨンの事件の詳細と、目崎を任意同行していることが載っています。
記者クラブのメンバーは自分たちの仕事を全うしながら、幸田や雨宮そして三上の願いを叶えたのです。
それは刑事部と警務部、県警全てを揺るがす爆弾記事でした。
三上の決意
この時点ではまだ三上は退職していません。
二渡は刺し違えてでも守ると言いますが、三上は退職の決意は動きませんでした。
三上は雨宮と目崎に自分に足りないものを感じ取ったのでしょう。
それは何が何でも娘を探し出すという決意です。
公衆電話のプッシュボタンが磨滅するほど電話をかけ続けた雨宮。
他人の娘は手にかけても自分の娘を半狂乱で守ろうとする目崎。
そして仕事に追われることで娘から逃げ続けていた自分。
この物語の核は『三人の父親の物語』だったのです。
電話は誰から
とんど祭りの夜鳴っていたのは三上家の電話です。
この時にはもう三上は警察官ではありません。
電話が意味すること
この電話の時点で目崎は自白していると思われます。
雨宮が自首するとはそういう意味です。
その日の朝刊にロクヨン犯人逮捕の記事が一面トップで掲載されたのではないでしょうか。
記者クラブの面々は辞職した三上に敬意を持っていますので、三上に好意的な記事になっていることは容易に想像できます。
それを家出中の娘が見たとしたらどうでしょう。
親元から離れ少しは苦労もしているであろう娘の心情を想像すると、電話を掛けるという行動に出たとしても不思議ではありません。
その決心がついたのが夜だったのか、父親がいる時間まで待ったのか。
おそらくは後者でしょう。
視点を変えて考察すると
あの日に電話がかかった経緯はいろいろな推測ができます。
単に娘が新聞記事を読んで掛けたというのが大半の見方でしょう。
しかしそれでは二渡が三上の退職をあっさり納得した場面の意味が薄れます。
二渡が娘を探し出し会ったのではないでしょうか。
そして両親の近況と心境を伝えたと考えても不自然ではありません。
いずれにしても電話をするという決断をしたのは三上の娘自身です。
目崎はなぜメモを食べたのか
最後に目崎はメモを半分にちぎって食べました。
その時の緒方直人の顔はまさに悪人です。
模倣犯の誤算
模倣犯の誤算は2つあります。
ひとつ目はヘリウムガスが切れたこと、もう一つは目崎の長女が補導されたことです。