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映画『ネオン・デーモン(Neon Demon)』は2016年に公開された、ロサンゼルスのファッション業界を舞台とした作品です。
監督はニコラス・ウィンディング・レフン、主演は「SUPER8/スーパーエイト」で有名なエル・ファニングでした。
脇をキアヌ・リーブスやベラ・ヒースコートら実力派で固め、音楽も「ドライヴ」のクリフ・マルティネスと気合が入っています。
トップモデルとして垢抜け輝くジェシーへの嫉妬が予想外故に賛否両論の展開と結末を生み出しました。
本稿ではジェシーが荒れた地を歩くラストの意味をネタバレ込みで考察していきましょう。
またモーテルにヤマネコがいたことやサラが鏡を割ったことの意味や理由も併せて読み解いていきます。
“美”を追求した映像美
本作で特筆すべきは何よりも“美”をとことんまで追求した映像美にあります。
まずは主人公のジェシーと彼女に嫉妬する三人の美女ルビー・ジジ・サラという美女の対比。
次に悪魔と天使のモチーフとして象徴的に使われている赤と青がかなり意識的に用いられています。
そしてタイトルにもあるようにネオンの美しさと自然の美しさの際立った対比と綺麗な二項対立です。
本作全体を貫く映像美コッポラの『ドラキュラ』を連想させ、ゴシックホラーと呼んでも差し支えないでしょう。
その上で”美”とは何かを読み解いていくことが本作を考察していく上での鍵となります。
荒れた地を歩くラストの意味
本作のラスト、嫉妬の末に殺されたジェシーは荒れた砂漠のような地を延々と歩くカットで締めくくられました。
16という若さで誰もが羨んでしまう美貌を命ごと散らせ儚い人生を終えてしまったジェシー。
このシーンにはどのような意味があったのか、散りばめられた要素を分解しつつ考察していきましょう。
ナルキッソスの象徴
まず最初に挙げておくべきことはジェシーがナルシシズムの語源となるナルキッソスの象徴だということです。
ナルキッソスは若さと同時に他を寄せ付けない圧倒的な美貌を持ちましたが、それ故に自己愛に陥りました。
本作のジェシーも自分の美貌に絶対の自信を持ちながら、それ故に自己愛へと走り周りが見えなくなってしまったのです。
そうして自己愛は自己陶酔へと変質し、他者の気持ちや反応に鈍感になってしまいます。
それこそが母が指摘していた「危険」の意味であり、ジェシーがナルキッソスである所以なのでしょう。
孤独な道を宿命づけられた者
二つ目に絶世の美しさを持っているということは孤独な道を宿命づけられた者であることを意味します。
その美しさとは外面と内面といったことよりも”生命力”を感じさせる美しさかどうかでしょう。
世の中にはごく僅かですが存在するだけで人を癒やし生命を与え惹きつけるハブ空港のような人間がいます。
ジェシーはその僅かな一人で、多くの人を惹きつけながらも実はその美しさでしか愛されないのです。
つまり誰もジェシーという人間の本質を深くまで理解していないし理解しようとさえしません。
孤独な道を生きることが彼女の努力や環境など関係のない決められた宿命だったのではないでしょうか。
若さ故の輝きは限界を迎える
そして三つ目に、ジェシーだけではなくルビー・ジジ・サラの三人もまた共通で抱えている問題があります。
それは彼女達の美しさは若さ故の輝きであり、大人になると限界を迎え賞味期限切れになるものだということです。
ジェシーのことだけを示しているようで実は誰しもがこうなり得るという危険なサインではないでしょうか。