ここでは改めてその目的をじっくり読み解いていきましょう。

仲間達を守るため

一番の理由はベンヤミンが所属するCLAYの仲間達を危険から守るためでした。

嘘が最終的にバレたとはいえ、上手く行って無事に助かるかどうかは保証がありません。

だから彼は自分が逮捕されても仲間達には迷惑がかからないようにしたのではないでしょうか。

ベンヤミンは基本仲間思いで自分の利益の為に相手を蹴落とすような自己中ではないのです。

だからこそ仲間達の分まで全ての責任を背負う覚悟と決意をこの嘘に込めたと推測されます。

ピエロの仮面でふざけつつ、その仮面の裏には彼の熱き仲間への想いがあるのです。

“遊び”の一貫性

遊びと人間 (1970年)

二つ目にCLAYの行動理念があくまでも“Clowns Laught At You(ピエロがお前を嘲笑う)”にあります。

つまり根本からふざけ倒した集団なので、真面目ぶった話は寧ろ仮面をつけての演技なのです。

しかしふざけ倒すならふざけ倒す集団なりの行動・言動の一貫性が必要で、その芯がブレてはいけまん。

だから仲間達のことも含めて、多重人格云々も所詮”遊び”だったのではないでしょうか。

本音を見せるのは裏でやればよくて、表に見せるのはあくまでも演技でいいのです。

虚構だからこそ美しい

虚構世界の存在論

そしてもう一つ「人は見たいものしか見ない」ことと繋げると、虚構はあくまで虚構だから美しいのです。

例えばアイドルなどもそうですが、観客がアイドルに求めるのは所詮”偶像”であって素ではありません。

ミッキーマウスはあくまで虚構だからこそ夢を見られるわけで、わざわざどんな鼠かなど考えないでしょう。

現実のアイドルも表面で見せられるプライベートな情報はあくまでも「見せていい」情報でしかありません。

CLAYの仲間達のことも多重人格も全部虚構だからこそ美しく、ベンヤミンは虚構性の素晴らしさを心得ていました。

だからこそ最後まで全て虚構であることに徹してエンターテイメント性を大事にしたのではないでしょうか。

物語とは所詮「騙し」である

騙しの天才―世界贋作物語

こうして見ていくと、ベンヤミンとハンネのやり取りを通して物語とは所詮「騙し」であると分かるでしょう。

騙すことも騙されることも別にそれ自体は悪でも何でもなく、映画だって「騙し」の芸術なのです。

大事なのは如何に本当に見せたい5%の為に95%の「迫真の嘘」をでっち上げられるかではないでしょうか。

つまり本作で描かれている物語の本質は何も変則的なものではなく、非常に真っ当な答えです。

だからこそ本作のベンヤミンがつく嘘という嘘には全く悪意がなく腑に落ちる快感が得られます。

人を不快にするための嘘ではなく人を喜ばせる嘘を彼は貫き通してハンネを幸せにしたのは事実でしょう。

本当に大切な物はそんなに多くない

大切なものはわずかです。~ローラ・インガルス29の知恵~

人は見たいものしか見ない、その言葉は裏返せば人生で本当に大切な物はそんなに多くないということです。

ベンヤミンもハンネも本当にお互いが欲しい情報しか求めず、また提供しませんでした。

結果としては騙し騙されの丁々発止でも双方とも幸せになれるものだったのです。

その本当に大切な物を手にする為に試行錯誤を重ねて本物へ辿り着くのではないでしょうか。

本作はそんな普遍の真理をややトリッキーな手法で描ききってみせた見事な名作でした。

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