何せ東京からプロスカウトの話まで来る程ですから、相当に見込まれているのだと推測されます。
だからこそ、そんな彼らの伸びようとする目を摘むわけにはいかないと思ったのでしょう。
この役割はメンバーの中でも盛り上げ上手なムードメーカーの大輝でなければ出来なかったことです。
観客の見たいものを見せる
2つ目にそんなムードメーカーの大輝だからこそ観客の見たいものを見せたかったのです。
この辺りが本作の実に賢い所で、単に自分たちの好きなものだけを見せるだけに終始していません。
何よりも自分たちのロックを求めてくれるお客様やファンがいなければ成り立たない商売です。
それを裏付ける根拠として亮多達のライブハウスでのライブがSNSで大きな反響を呼んだ事実がありました。
その実績があったからこそ、大輝は若さ故の過ちではない形で音響を用意したのでしょう。
亮多達が大好き
そして何より大輝は慎司の死をきっかけに一時的に他のバンドに加わっていたことがありました。
即ち1度メンバーと距離を置いたことでかえって自身のチームの良さが相対化されたのでしょう。
学園祭で他のバンドに加わった時、大輝だけが複雑な表情を見せていました。
きっと他のバンドにいていいのかという疑問が彼の中で湧いて出たのではないでしょうか。
それ位彼は亮多達が大好きで、そんなメンバーと一緒に表現する音楽が心地よかったのです。
ある意味では大輝こそが他ならぬ亮多達バンドメンバーのファンだったのかもしれません。
それ位の情熱を注いだ唯一のバンドグループだったからこそ音響を準備しました。
評論家ではなく実践者
こうして考察を重ねていくと、本作で示されている結論は実にシンプルです。
それはただ「行動すること」、とにかくこれでしか人生は変わらないことを示しています。
なぜこんな沖縄の小さな高校生達のちっぽけなロックバンドがこんなにも魅力となるのでしょうか?
答えは単純に素直に自分たちが好きなロックバンドを実行し続けたからに他なりません。
どんなに内側に素晴らしき思考力があっても、それを行動に移さなければ単なる絵に描いた餅なのです。
「評論家ではなく実践者であれ」というメッセージを本作は発信してくれています。
小さな1歩が全てを変える
こうしてみると、本作は決して大革命を起こして終わったわけではないことが分かります。
米軍基地をはじめ沖縄に根付く諸問題を全て解決するには至っていません。
そんなことは亮多達高校生が解決出来るレベルの問題ではないのです。
しかし、音楽を通じて自分たちの想いを乗せて行動することは誰にでも出来ます。
それがたとえ小さな1歩でも、積み重ねていくことでいつか大きな夢へとなり現実化するのです。
大事なことは途中にどんな障害があろうとも実現するまで諦めず続けることでしょう。
小さな1歩が全てを変えるきっかけになると深く深く教えてくれた名作ではないでしょうか。