自分が帰還することが宇宙軍の意図に反することになり、それを実行したロイの負担になる可能性も考慮したはずです。
指示に反して自分の言葉で火星から父に呼びかけるロイ
当初ロイは宇宙軍の意向に沿ってシナリオ通り父親のクリフォードへの呼びかけを行います。
これまで多くのトラブルの中でも精神的な安定を失わなかったロイですが、父親と向き合いたいという心の叫びには勝てませんでした。
宇宙軍の意図
宇宙軍は最初からロイを信用しておらず、宇宙船ケフェウスによってクリフォードもろともリマを破壊することが念頭にありました。
プルーイット大佐から告げられたリマで起こった事件の真相から、ことを隠蔽しようとした宇宙軍の意図をロイは知ることになるのです。
宇宙軍としてはロイの呼びかけで何らかの成果があるとは考えておらず、ロイのミッションは一種のアリバイ作りくらいの位置づけでした。
途中で指示を無視したロイ
ミッションの途中で宇宙軍の真の意図を察知したロイが途中から宇宙軍の指示に反した呼びかけを行ったことは、ある意味必然でした。
軍の指示通り動いていれば、宇宙船ケフェウスによってリマが破壊され、父親とともに真実は闇に葬られることが明らかだったからです。
ロイは自身の問題として父親と向き合う必要がありました。サージ問題の解決よりもそちらの方がロイにとっては重要でした。
ロイは自身の心の声に突き動かされるように行動し、海王星の父親のもとに向かったのです。
彼が自分自身の言葉で父クリフォードへ呼びかけたのは、父への愛情というよりも父親に関する抑圧された疑問と憎しみ故だったのかも知れません。
AIの影
ロイの精神状態を常にチェックし、任務への適性を判断しているのはおそらくAIです。
作品では宇宙軍の隠れた悪意がにじみ出ていますが、実際にプランを立案して遂行の指示を出しているのはAIなのです。
AIによるイノベーションへの期待と恐怖は現在でも様々な議論を呼んでいますが、この作品の中ではそれが現実問題として突きつけられています。
AIによる判断には人間性のかけらもありません。総合的なメリット・ディメリットの評価があるだけなのです。
宇宙時代と現代
この作品では近未来である宇宙時代が描かれていますが、そこにあるのは現代とさほど変わらない現実です。
相変わらず人は家族との人間関係に悩み、ギリシャ悲劇にも描かれた息子と父親の葛藤もそのままです。
資源を巡る争いは月に持ち込まれ、西部劇さながらの略奪グループが暗躍しています。
組織の利益が優先され、没個性化が進む姿も現代の延長線上として理解できます。
【アド・アストラ)】はスペースオデッセイ的な宇宙冒険物語ではない
【アド・アストラ)】は宇宙という舞台がしつらえられていますが、実は人間ドラマです。
そこで扱われているテーマは息子と父親の関係性、夫婦のあり方、組織のミッションと人間性などです。