つまり盲目の羊になれということなのでしょう。
この構図は杉原の元上司である自殺した神崎と全く同じです。彼も将来を約束する代わりに文書改ざんの罪を一人で被らされたのです。
杉原は神崎に「自分のようにはなるな」といわれていたにもかかわらず、結局同じ道を歩むことになってしまいました。
忘れてはいけないのはその直前郵便受けに置いたままにされていた神崎からの遺書を杉原が見ていたことです。
このため多田と会ったとき杉原は非常なショック状態にありました。
杉原はこの遺書をもっと早く読んでいたら神崎を死なせることもなかったかも知れないと自己を責めていたからです。
このようなショック状態にある杉原にとって多田の脅しは彼の決意を挫くのに十分でした。
杉原は吉岡にこれ以上協力できないと伝えることしかできなかったのでしょう。
見ている方は「それでいいんですか」と思わずいいたくなってしまいます。
でも杉原の気持ちは痛いほどわかります。彼の妻奈津美は子供を出産したばかりなのです。
もう一つの「ごめん」
杉原のもう一つの「ごめん」は奈津美が赤ちゃんを抱っこしているところに杉原が駆けつけ、三人で寄り添ったときです。
「これから三人で生活できるね」という奈津美に対して、杉原は涙を流しながら「ごめん」というのです。
このとき杉原は自分の実名を出してでも真実を明るみにすることを吉岡たちと決意を共有していました。
そうなれば杉原はマスコミの餌食になるだけでなく、職場での居場所もなくなります。
奈津美が期待する三人での穏やかな生活は望めなくなるのです。
涙を流しながら「ごめん」といわざるを得ない杉原の思いは察して余りあります。
実名報道の真意
杉原が実名を出してでも真実を明るみに出そうとした背景には父親の無念を心に抱えた吉岡の思いがあったはずです。
「実名報道を」という杉原に吉岡は「それはいけない」と止めます。
しかし杉原は吉岡に「貴方の父親ならどうして欲しいのか」と問いかけることからそれがわかります。
この時点で杉原には神崎からいわれた「自分のようにはなるな」の言葉が染みこんでいたはずです。
盲目の羊にはなりたくないと考えていたのです。
この時点で実名報道を提案する杉原にはそれほど強い決意がありました。
もし杉原が実名報道を提案しなかったら
もし杉原が実名報道を提案しなかったらボールは吉岡の方にいきます。
杉原にだまされた吉岡が誤報を出したということになるのです。吉岡は父親の二の舞ということになってしまいます。
そして真実は闇の中に消えてしまいますから、神崎の弔い合戦という意味でも杉原はここで戦から降りるわけにはいかなかったのです。
吉岡が杉原に連絡をとろうとしたわけ
編集長に杉原の実名を出して第二弾の記事執筆許可を取り付けた吉岡は突如杉原のもとに駆けつけようとします。
もちろん杉原に最終的な了解を取り付ける目的はあったと思われますが、彼女には何か虫の知らせがあったのではないでしょうか。
杉原の決意を鈍らせる何らかの企みを当局が仕掛ける可能性に、吉岡は直感的に気づいたのです。