彼が聖杯を諦めた最大の要因は何だったのでしょうか。
聖杯よりも大事なもの
インディの目を覚まさせたものはヘンリーのインディに対する「インディアナ」という呼びかけでした。
ヘンリーがいつもインディに使っている「ジュニア」という呼びかけだったら事態は変わっていたかも知れません。
インディはヘンリーの「インディアナ」という呼びかけで、聖杯を手に入れるよりも大事な親子の絆に気づいたのです。
他人行儀でヘンリーの自己都合的な「ジュニア」という呼称をインディは嫌っていました。
インディは飼っていた犬の名前であった「インディアナ」を自分の通称としていたのです。
この局面でヘンリーに「インディアナ」と呼びかけられることで、インディは本来の自分に向き合ってくれる父親との絆を確認しました。
インディはヘンリーを助けるため自分の命を犠牲にすることも厭いませんでした。
死ぬかも知れないのに自分が選んだ聖杯で水を飲んだではありませんか。
インディにとって聖杯とは
インディにとって聖杯はどのような意味があったのでしょうか。
彼にとっては歴史上の遺物はそれが収められるべき場所である博物館にあるべきなのです。
人類の価値ある歴史上の遺物が特定の者の欲望を満たすために使われることに我慢がならなかったのではないでしょうか。
それは彼自身の存在意義やアイデンティティにも関わることだったのかもしれません。
インディにとっては非常に重要なこのような聖杯です。
でも彼は父親のために自分の命を賭けても、聖杯のために人生全てを賭けようとはしませんでした。
彼は聖杯よりも父親の手を選んだのです。
エルザが聖杯を諦めなかったわけ
エルザは聖杯を諦めインディの手を握れば命が助かった可能性がありました。
彼女が聖杯を諦められなかったのはなぜなのでしょうか。
自分の命を犠牲にしてまで聖杯を求める彼女の心の中に分け入ってみましょう。
エルザはなぜ黄金の杯を選んだのか
エルザは基本的には人類の歴史的遺物に敬意を示す学徒だったのではないでしょうか。
人類の重要な遺産である書籍を焼き払うナチスの焚書行為に対して強い嫌悪感を持っていたのです。
彼女はわざと間違った聖杯を選んで強欲なウォルターに渡しました。
最後の最後で学者としての気概がそうさせたのでしょう。
聖杯の本当の価値を理解しないウォルターのような輩に聖杯を渡すことに耐えられなかったのです。
エルザにとって聖杯とは
エルザにとって聖杯とは神の真実を具現化する奇跡の宝物なのです。
学術の徒にとっては真理の追究こそが全てであり、何事にも代えがたいものなのかも知れません。
それはインディの父ヘンリーなどにも共通する考え方といえます。
彼女はナチスの一員として彼らの企みに参画はしていました。
しかし心の奥底では聖杯という奇跡の遺物を何としても手にしたいという学者としての意識があったのです。