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ブラック・スワンといえばバレエ戯曲「白鳥の湖」に登場する黒鳥を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
この映画には一人のバレリーナ、ニナが黒鳥の踊りのために追い詰められ、狂気を宿す容姿が克明に描写されています。
その姿に戦慄を覚える方も少なくないでしょう。
ここではニナの狂気を生み出したものは何か、そしてその結果からニナの得たものと失ったものは何か徹底的に考察します。
対照的な「白鳥」と「黒鳥」
バレエの世界で「ブラック・スワン」=黒鳥といえば知らない人はいない有名なキャラクターでしょう。
クラシックバレエの演目の中で最も有名といってもいい「白鳥の湖」の中で登場します。
その姿を白鳥に変えられた憂いと王子への純粋な愛の象徴として描かれる白鳥=オデットが主人公です。
しかしオデットに似た姿に変身し、自分を花嫁に選ぶよう王子を誘惑する悪魔の娘オディールが黒鳥として描かれ、第3幕の王宮の舞踏会のシーンにその姿を現すのです。
「白鳥の湖」には第2幕の王子とオデットのグラン・アダージョや四羽の白鳥の踊りなど有名なバリエーションはたくさんあります。
その中でも最大の見どころといわれているのがこの第3幕の王子と黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥ内で披露される黒鳥オディールによる32回のグラン・フェッテです。
白鳥の湖ではオデットとオディールは一人二役で演じるものとされています。
技術的にはもちろん、正反対のキャラクターを一つの舞台で演じ分ける必要があり、オデット=オディール役にはかなりの技量が求められます。
内面の表現の難しさ
現実の人間はいろいろな要素を含んでおり、完全に善だという人間は稀ですが完全に悪だという人間もまた稀でしょう。
そういった要素を少しずつ含み、その上で個人の性格が形成されています。
しかし、舞台の上では穢れを知らない純粋な愛、そして呪いを受けた身である悲哀を表現するオデット。
悪魔の娘として邪悪さを孕んだ、しかし抗いがたい魅力で男性を誘惑するオディール。
この両極端な存在を表現しなければなりません。
バレエはその技術だけではなく、精神性も求められる芸術です。役柄の表現は非常に重要視されるポイントでもあります。
この作品のヒロイン、ニナはどちらかというと幼さを感じさせる繊細で潔癖な女性のように描かれています。
しかしバレエへの情熱、プリマになるチャンスを与えられたニナはそれまでの彼女からは考えられないような行動に出て、結果的にプリマの座を手に入れるのです。
それまで劇団のプリマであったベスの口紅を塗り、トマを誘惑するかのようにプリマの座を主張するニナの姿。
それは潔癖で繊細な彼女のイメージからは少し違和感を覚えるでしょう。
その行為そのもの、そして唇を噛むという気の強さ、激しさを感じさせる拒絶の仕方をしたニナ。
トマはおよそニナの普段の姿からは似つかわしくない黒鳥に共通するものを見出したのかもしれません。
しかし、ここからすでにニナを狂気に陥れる要素が垣間見れているのです。
ニナの心を抑えつけているものとは
ニナは非常に抑制された心を持っているように見えました。それはなぜでしょうか。
母親との関係
劇中で描かれる母親の姿は自分の叶えらえなかった夢を娘に転嫁し、娘の人生を自分の人生と重ね合わせているようかです。
幼いころからニナにバレエ一筋の人生を歩ませ、それ以外に気を向けることがないように過剰にニナを監視し自分の支配下に置いています。
ニナの年齢にそぐわないような部屋の内装からも母親の過保護、ニナへの過干渉が感じ取れるでしょう。
またニナもそんな母親を疎ましく感じながらもその存在に慣れてしまい、母親の保護に無意識のうちに頼りきっている面も見受けられます。
ニナと母親、お互いに共依存ともいえる関係を抱えていることがうかがえる描写です。
性的な未熟さ
また母親はニナを妊娠したことによってバレリーナとしてのキャリアを断念せざるを得なかったようです。
そのため自分を超える一流のバレリーナとして成功してほしいニナの男性関係を厳しく管理し、興味がありそうなそぶりを見せた娘を叱責します。
ニナはプリマの座を任されるまでにバレリーナとして成長しました。母親の夢の実現に向けて着実に進んでいるといえるでしょう。
自分の計画通りに生きてきた娘が男性に興味を持ったら、自分と同じようにそのバレリーナとしてのキャリアをすべて棒に振ることになるかもしれない。
母親のその恐れがニナに繰り返し男性に興味を持つことの愚かさ、罪深さ、そしてバレリーナの道を断然せざるを得なくなった自身のニナの妊娠について繰り返しニナに耳打ちしてきたのでしょう。