実在のメンデスによれば、実際にハラハラさせられたのは、1人目の大使館職員の身元確認に時間がかかったこと。
あとは整備不良のために飛行機の離陸が遅れたことだけだったそうです。
ドキュメンタリーでも創意工夫が許されるのが映画の魅力です。そのため、いくらでも演出を加えられます。
また鑑賞者は最後まで結末が分からない状況に置かれているともいえるのです。
結果は同じでも、もう1つの現実を描くモキュメンタリー
実際、映画であれば史実とは違う結果にすることもできます。もう1つの現実を描くパラレルワールド的なオチにすることさえ可能なのです。
鑑賞者は薄々そういうことが分かっているので、最後までハラハラさせられたのではないでしょうか。
ドキュメンタリー映画、いわゆるモキュメンタリーは現実的な制約が多いニュース・ドキュメンタリーとはまったく異なります。
モキュメンタリーに対し、最初から結果が分かっているスポーツの録画試合を見るようなものだという人もいます。
しかし結果は同じでも、作家ならではの描き方によってもう1つの現実を表現することができます。
そこがモキュメンタリーの大きな魅力なのです。
CIA捜査官の悲哀
映画『アルゴ』において最も胸に刺さることは、人質奪還のヒーローがヒーローとして扱われないことです。なぜこんな矛盾が生じるのでしょう。
メンデスはアメリカ人大使館員をみごとにアメリカへ連れ帰ります。しかし注目を浴びたのは人質やアメリカ・カナダ両国の政治家ばかりでした。
CIAの職務の多くは隠密行動であり、時には違法行為もふくまれます。そのためメンデスは身元を明かすことができません。
また成功した作戦について語れば、CIAの手の内が世界中に知れ渡ることになるのです。
このメンデスの哀れな姿には本物のヒーローの姿も重なります。
リアルな英雄とは善悪が入り混じった存在であり、正義のヒーローとして大勢の前で祝福されるような単純なものではないのかもしれません。
1997年にクリントン政権がアルゴ計画を明らかにし、結局メンデスはCIA最高の栄誉であるスター勲章を受け取りました。
それはアメリカという国のヒーローに対する懐の深さを示しているといえるでしょう。
監督アフレックへの皮肉
アメリカとイランという国同士の争いを描くだけに映画はほぼ終始シリアスなトーンです。しかし序盤のハリウッドの場面では大いに笑えます。
そこではジョン・グッドマンやアラン・アーキン演じるハリウッドの大物たちがアルゴ計画の協力者として出てきます。
2人がベン・アフレック演じるメンデスと交わす会話にはハリウッド業界への皮肉に満ちていました。
中でも最も可笑しかったのは、グッドマンがアフレックに対して言った映画監督についての言葉です。それは極めて辛らつなものでした。
そこには明らかにこの『アルゴ』で監督も務めるベン・アフレックへの皮肉もふくまれています。
グッドマンの言葉にアフレックは苦笑いを浮かべますが、そこには彼の素顔が出ているようでした。