老ライアン=戦時もその後も「個人の中で戦争を戦ってきた一人の人間」。そういう構図が浮かび上がると思われるのです。
オマハ・ビーチの激戦も、八人の中隊のメンバーの行動や捕虜になりそこねるドイツ兵などの場面も極めて「個人的」な視点で描かれます。
特にオマハ・ビーチの20分は徹底的に「個」を破壊することに拘りました。
冒頭の上陸用舟艇の中で緊張のあまり吐いてしまう姿を含め、完膚なきまでに「個」としての兵士を肉塊に化するまで破壊したのです。
「個人的な容赦ない命のやり取りこそ戦争なのだ」という点を踏まえて全編を観ると、本作の主張が深く理解できる仕掛けになっています。
スピルバーグの想いはそこにあったといえるのでしょう。
スピルバーグの考えに命を与えた超リアリズム
こだわり抜いた当時の再現
スピルバーグと脚本を担当したロバート・ロダットは、ノルマンディー上陸作戦に参加した生き残りの兵士から多くのインタビューを重ねました。
なかでも激烈な体験をした兵士からの情報をたくさん集め、彼らの証言に基づいて映像の中に個別の表現として落とし込んだのです。
そうした中から、あのオマハ・ビーチでの目を覆いたくなるシーンが誕生していったのでした。
本物を使ったリアリズム
プロダクションデザインでは、両軍の軍服から兵器までなるべく本物を使い、機関銃や銃の音、爆弾の破裂音などは本物を使ったといいます。
これに加えスピルバーグの数々の映画に貢献し、本作でオスカー撮影賞を獲った名キャメラマン、ヤヌス・カミンスキーの手腕が光ります。
冒頭では観客を戦場に連れて行ったような目線の手持ちのカメラを20分間回し続けます。
大きくぶれるカメラ、血しぶきがレンズに付いても構わない。アップと中ロングを多用し、臨場感とリアリティを演出しています。
観客は息付く暇も与えられず、次々と現れる悲惨な「個」の破壊にいやおうなく臨場させられるのです。
3時間近い作品ですが、無駄なカットが一つもないと言い切れるほど完成度の高い映像が続きます。
激烈な戦闘シーンでも、スピルバーグの目はカミンスキーの手持ちカメラを使い「個」を強く見つめているように思われます。
「自分の戦争」
あのドイツ兵が物語ること
ミラー大尉の中隊はライアン二等兵を探しながら、様々なところで戦闘を繰り広げます。
あるレーダー基地を攻撃したときに捕らえた一人のドイツ兵。殺そう、という部下を制し、彼を逃がすミラー大尉。
しかし、このドイツ兵こそ、ドイツ側の主役といっても過言でないほど「個」の立場を鮮明にします。
彼はその場を生き抜きたいために
「助けて!アメリカ大好き」(アメリカ国歌を歌ってみせて)「ヒトラー くたばれ」
引用:プライベート・ライアン/配給会社:UIP
といってゴマをすります。
彼だって生きたいのです。心にもないウソをいったって、何としても生きたいのです。
このドイツ兵はラストシークエンスの橋の攻防戦でドイツ軍部隊に加わって再登場します。
そして彼は中隊の一人と、ミラー大尉に銃弾を食らわせるという皮肉を生みます。
しかしこれが戦争。アメリカ兵が死にたくないのと同じにドイツ兵だって死にたくないのです。
出くわした敵味方が同時に拳銃がスタックしてしまいヘルメットを投げ合うシーンを含め「個」の戦争のオンパレードです。
神に祈りつつ敵を殺すスナイパー
特に印象的なのは敬虔なキリスト教信者の左利きのスナイパー、ダニエル・ジャクソン二等兵でしょう。
彼はドイツ兵を狙撃する時、一人づつ神への祈りを口ずさみながら引き金を引きます。
これはジャクソンの個人世界に他なりません。
ティモシー・E ・アパム伍長(五等特技兵)
もう一人の主人公
ミラー大尉の中隊に通訳として急遽参加したアパム伍長は、もう一人の主人公といって良いでしょう。
最後の橋のシークエンスでは、仲間が殺されてしまうのを見逃し、ドイツ兵が自分の横を通っていくのを涙目でみているだけのアパム。
ドイツ兵は自分を殺すのか、と思ったら手を出さずに通り過ぎて行きました。
なぜドイツ兵はアパムを殺さず通過したのでしょうか。
ここにも観客の想像をふくらませるドイツ側の「個」の理由が見えています。
手に武器がない状況で自分から確率が分からない命を賭けた取っ組み合いをすべきでないと感じたのでしょうか。
それとも、怯えきっているアパムなど相手にせず、自分の命を守るため仲間のところに急ぎたい、そんな心中だったでしょうか。
多くの観客は他の八人の勇敢な小隊メンバーではなく、アパムに自分を見ることでしょう。
作劇上のアパムの存在は「戦場はつまるところ個のバトルフィールドである」という主張を明確にすることが最大の役割。
同時に、アパムを自分に同化させ観客の視点からも「戦場は個のもの」という確認をしてもらう事が目的なのです。
変化するアパムの心中
そのアパムは仲間やミラー大尉が自分が逃したドイツ兵に撃たれるのを観て感情が変化します。
手を挙げて降伏の意思を示し出てきた例のドイツ兵。