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「アパム…」
と語りかけます。
その時アパムは手にしていた小銃で、そのドイツ兵をためらいもなく射殺します。（他のドイツ兵は逃しますが）
引用:プライベート・ライアン/配給会社:UIP
捕虜は殺さないで逃がすべきだと主張し、人を殺すことを回避していたアパム。
彼の心に何の変化があったのでしょうか。憎しみだけでしょうか。違うでしょう。
本作で二番目に凄惨な戦闘シーンである橋の爆破戦においてアパムは様々な戦闘シーンにその姿がみられます。
アパムが目にするのは一様に、「目の前で繰り広げられる最大限の戦争の現実」。
アパムに戦争とはこういうものだ、と見せているかのように描かれています。
少し前に遡るとアパムはタバコを吸うようになったり、戦場における考え方が変化していく様子が描かれていました。
自分が助言して逃してやった例のドイツ兵がミラー大尉を銃撃したことを「起爆点」として、彼の中に「戦士」が誕生したのです。
あの、通り過ぎるドイツ兵の横で嗚咽を漏らしていたアパム。
その時の彼とはまったく違う顔つきのアパムがそこにいました。
アパムの中にいきなり戦士が誕生したのではありません。部隊に参加したときから徐々に戦士は形作られていったのです。
スピルバーグが橋の戦闘シーンの中で時間を掛けて示したように、「個」としてのアパムは戦場において徐々に戦士になったのです。
戦争がアパムという「個人」を変えてしまった、ということでしょう。戦争は彼を人を殺せる人間にしてしまったのです。
これが戦争です。
ジョン・ミラー大尉
家に帰りたいだけ
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ミラー大尉とて元はごく普通の男。彼は国語の先生でした。
それが普通に人を殺せる人間になり、人を殺す部隊を率いる大尉になっていました。
ミラー大尉の心中は、戦争は命令だからやるし、殺さなければ殺されるから戦う。
任務か、それとも兵士の命か その選択だ。
引用:プライベート・ライアン/配給会社:UIＰ
それが努めだから。だけど思いは家にいる妻にあり、国に帰りたいと思う普通の人なのです。
もちろん国にいる家族を守りたいという気持ちから湧き出る戦意もあるでしょう。
そんな普通の人が戦争では恐怖心を押さえつけつつ「否応なく戦士となる」のです。なってしまうのです。
アパムもそうなりました。
冷静なミラー大尉が実は恐怖を押さえきれなかった証は彼の右手のひらが震えることで表現されていました。
戦争とは「個人」のありさまを全く変えてしまうものなのです。
そうした思いはミラー大尉だけではないでしょう。敵対しているドイツ兵だって家に帰りたいはず。
しかし戦争は「個」の想いを殺すもの。
そこに戦争の不条理があるのだ、スピルバーグはそう言っているのではないでしょうか。
ライアンに伝えた最後の言葉
“Earn this, earn it…”
引用:プライベート・ライアン/配給会社:UIP
これがミラー大尉の最後の言葉でした。ライアンの耳元で彼にそう伝えたのです。
「みんなに助けられたのだから、今度はそれに報いる人生を送れ」、日本語にすると長くなりますが、そんな意味合いでしょう。
ラストシークエンスで老人になった現在のライアンがミラー大尉の墓碑に向かってつぶやく言葉にもearnという単語が聞こえます。
ミラー大尉から託された言葉を実現できた人生だったでしょうか、と老ライアンは実は自らに問うているわけです。
老ライアンの個人の想いが救出に当たったミラー大尉（と仲間たち）に伝わったでしょうか。
「国家の犠牲となって個人の人生と家族を破壊する悲惨な戦争はするものではない」
そんなスピルバーグのつぶやきが老ライアンの言葉に重なって聞こえてくるようです。
老ライアンの姿にオーバーラップされる大きな星条旗が、英雄を称えると同時に皮肉に感じられないでしょうか。
類をみない戦争映画「プライベート・ライアン」。
「戦争は個人の命のやり取り」「個人の尊厳を破壊するもの」という点に着目して鑑賞すると見えてくるものがあります。
それは、本作が一人の男を救ったミラー大尉と仲間たちの英雄譚だけではない深い人間性に根ざした戦争の告発だということ。
上に掲げた1枚のポスター。一人佇む兵士の姿に本作の大意が込められているように見えてきます。
