また、主人がルイス卿に変わってからも気晴らしに旅行を勧められるくらいに、執事の仕事に没頭しています。
ルイス卿に迷惑がかかるようなことや、ダーリントン卿に対する意見や悪口を言わない徹底ぶり。
あくまでも「執事」としての立場を守ろうという気持ちが彼のすべての行動から伝わってくるのです。
しかし、そんなスティーブンスが自分の感情でダーリントン卿について述べるシーンがあります。
旅先で立ち寄ったホテルで知り合い、ガソリンを買ってくれた男とのシーン。
ダーリントン卿のもとで働いていたことや彼が素晴らしい紳士であったことを告げるのです。
この場面では「執事」としての忠誠を越えて、ダーリントン卿への忠誠が表出された瞬間といえます。
ケントンとの関係から見えるスティーブンス
時には冷酷にも思えるほど「プロフェッショナル」としての執事に徹するスティーブンス。
しかしケントンと出会い、共に仕事をしていく中で、次第に彼らの関係やスティーブンスの感情が変化していくのも見どころです。
ケントンとの関係から読み取れるスティーブンスはどのようなものでしょうか。
「意見」を明確に持つケントンとの衝突
私情を持ち込まない、そして意見を執事として述べる場面がほとんどないスティーブンス。
対してケントンは率直に発言し、人の気持ちを大切にする性格です。
ウィリアムがミスを重ねた際にも、もっと父親を労わるように進言する優しさを持っています。
これに対しスティーブンスが煙たがったり皮肉で返しても負けずに応戦する様子からは、彼女の真っ直ぐさが感じられるのです。
さらに、スティーブンスと彼女とを対比し、今後の二人の関係を見守る視聴者が様々な感情を抱く演出がなされています。
ユダヤ人女中の解雇の際にも、彼女は最後まで激しく反対し、スティーブンスに強く抗議しました。
こうしたケントンとの「衝突」を通じて、抑制されていた感情が少しずつ揺れ動きはじめるのです。
告げられることのない愛
スティーブンスは基本的に主人の決定に忠実に従い、意見や私情を持ち込まないスタンスを貫いてきました。
しかしユダヤ人女中の解雇に関しては心を痛めていたことをケントンに打ち明けるのです。
このように、ケントンには彼なりに心を開いている描写が増えていきます。
しかし彼女がベンから求婚されたときや退職の申し出を受けたときは元のスティーブンスに戻る瞬間が描かれていました。
スティーブンスは彼女の真意に気づくことなく、そして彼自身の気持ちにも正直になれなかったのです。
20年後の旅では「失ってはいけないものを取り戻す」ことが目的だという趣旨の発言をします。
これは私情の表し方がわからなくなっていた、という意味なのではないでしょうか。
執事としてのプロ意識ゆえ、私情を持ち込まないようにしていた彼です。
そんな彼が、抑制された気持ちを窮屈に感じはじめた証拠だといえます。
「父」との会話が暗示するもの
父親のウィリアムもまた執事として長年働いてきた人物。
彼との会話からスティーブンスの執事に対する姿勢やその理由がうかがえます。
また、ケントンを巡る「告げられなかった愛」が暗示されるようなやりとりがウィリアムとの会話にありました。
「執事」に対する思い
執事として働いてきた経験を持つウィリアムへの尊敬が垣間見える描写も、彼の人間性を象徴しているようです。
ウィリアムの経験やプライドを尊重した采配を行うスティーブンス。
そして思うように働けなくなってもなお「己の仕事を全うすること」をスティーブンスに説くウィリアム。
ウィリアムもまた私情を持ち込まず、自身の体調も顧みず主人に仕えることを信条とする人物でした。
執事という立場でしか自分を出せない二人の生き方が共鳴しているように感じます。
「愛せなかったこと」への後悔と暗示
重なるのは執事の仕事に対する思いやその仕事ぶりだけではありません。