海兵隊として指揮官の統率の元に従順で優秀な恐れを知らぬ殺戮者を量産するために。
アメリカから遠く離れたベトナムで人を殺すために。
異常な場所で異常なことをするために、海兵隊の権化であるハートマン軍曹の苛烈な指導はあったのでした。
その指導は効率的に戦争をする兵士を育てるためだけではなく、正常な精神を守るためになされたことでもあったはずです。
つまり鎧を脱げば正常な精神が残っているように、あえて仮の人格を植え付けているのです。
しかしその方法論が有効なのは、正常な精神を持っている若者に限ったことでした。
ほほえみデブの場合
ほほえみデブことレナードは生来の鈍さ故に訓練についていけず、軍曹から強烈なしごきを人一倍受けます。
レナードの精神
レナードが軍曹にされた仕打ちで印象的なのは、親指を吸う仕草です。
この仕草を強要されてから、彼はどんどん幼児化していきました。
ジョーカーがバディになったことも、レナードの幼児化を加速させます。
軍曹の指導によって、レナードの脆弱な精神が急速に萎んでいくのがわかります。
軍曹の指導は、本来ある人格を叩き潰し、海兵隊仕込みの鎧の中に精神を押し込むためのものでした。
その本来あるはずの精神が無くなった場合はどうなるでしょうか。
精神ではなく、魂そのものが叩き潰されてしまうのです。
空っぽの心
普通の若者たちは、今まで普通の世界で育て上げてきた人格を覆うように海兵隊の人格を心に鎧のように纏います。
生身の人間を兵士にするため、海兵隊は若者たちに殺戮者の鎧をつけるのです。
しかし、レナードは人格の成熟度が普通の若者よりも低かったのでしょう。
ただでさえ軍曹の指導で限界を感じていたにも関わらず、それに加えて訓練生たちからの制裁もありました。
あの訓練生からの制裁によって、レナードの魂は壊されてしまいました。
魂が抜けたような顔で、レナードは着実に訓練をこなしていきます。
その訓練とは、殺戮者としての鎧を作る訓練です。
もし、鎧の中身が空っぽだったらどうでしょうか。
その場合、鎧の中の空洞には、殺戮者の人格が満たされます。
空っぽの心に注ぎこまれたものは、不純物のない、純度の高い殺戮者としての人格だったのです。
殺戮者の完成
レナードが訓練を終え、正式に海兵隊員になった時、殺戮者は完成されてしまいました。
訓練の卒業
訓練を終えたということは、ウジ虫だった自分が海兵隊になったということです。
恐れを知らず勇猛に敵を殺すのが海兵隊です。
レナードの空っぽの鎧の中には殺戮者としての人格が満たされています。
「フルメタル・ジャケット」とは、鉛弾を硬い金属でほぼ完全に覆った弾丸のことです。
子どものように純粋な、狂気という火薬が詰められた完全被甲弾。
その弾の一番最初の犠牲者になったのは、奇しくもハートマン軍曹でした。
おそらく誰でも良かったのでしょう。
レナードの敵であれば、その弾が向かう対象は誰でも良かったのです。
ジョーカーでも良かったでしょう。
しかしジョーカーはレナードの敵ではなかったので、殺されなかったのです。
敵は誰だ?
ハートマン軍曹を殺した後、レナードの敵は自分自身になってしまいました。
トイレで自分を怒鳴りつけた教官は敵でした。しかし、軍曹は本来海兵隊の上官です。