佐智から奏でられる音はホールの残響とはまた違い、世界そのものが共鳴しているようでした。
菜の花畑に広がるヴァイオリンの調べは、風の音、草のざわめきの音と優しく混じり合います。
自分の音がこれ程世界に溶け込んでいくのは、初めての体験かも知れない。
引用元:薄暮/配給会社:プレシディオ
自分が生み出す音にうっとりするのと同時に、祐介との時間に喜びを感じるようになるのです。
ただ相手への想いが募るのみならず、自分自身を愛せるようになっていく。
それはいわき市の自然と芸術の融合があってこその気付きなのです。
単なる恋愛アニメとは一線を画す深みだといえるでしょう。
「カヴァレリア・ルスティカーナ」作曲 ピエトロ・マスカーニ
マスカーニの代表作ともいえるオペラ曲です。
この曲は、祐介のスケッチブックに描かれていたある少女の顔を見たときに、佐智の脳内で流れました。
清く美しいクラシックで構成されていた「薄暮」の中で、唯一登場するオペラ曲です。
この曲を用いることで、佐智の祐介に対する嫉妬心や不安を表現しています。
そうです、このオペラ曲がつくられた背景には、男女の浮気・激怒・復讐があるのです。
分かりやすい言葉で表現するのではなく、音楽で感情を表現している「薄暮」。
声高に被災を嘆くのではなく、以前の暮らしを取り戻そうと黙々と復興に向かういわき市の人々の様子が浮かびます。
薄暮の世界観
「薄暮」とは、夕方の暗くなりかけたころであり、同時にオレンジの光が段々と暗い空に変わっていく状態を指します。
作中には夕暮れのシーンが多く、福島の美しさ・ダイナミックさを物語っています。
「バス停前の田園風景に広がる薄暮」のシーンは圧巻であり、福島の現実に立ち向かう青春の美しさが感じられる瞬間です。
震災によって人々が去り、失われかけた福島の景色。しかし、唯一変わらないのは夕暮れの美しさでした。
佐智と祐介は遠くの山々にゆっくりと日が沈む瞬間を共有し、心を近づけていったことが分かります。
この時間のことを「薄暮」と呼ぶのだと、2人は知ったのです。
きっかけは2人の出会い
佐智と祐介が出会い、バス停での会話を重ね、どのように成長していったのでしょうか。
佐智の存在が祐介を助ける
震災による心の傷を抱えたままでいた佐智と祐介は、同じ薄暮を眺め空間を共感しあうことで、現実を受け入れ始めました。
初恋相手の顔を忘れられずにいた祐介。
佐智がヴァイオリンに打ち込む姿やアイデンティティを強く持ち懸命に生きる姿を目にしたことで「今」と向き合います。
そして少しずつ「今」を生きるようになっていったのだと解釈できるのです。