トシオのように気持ちに素直に生きてみようと決心したのです。
父にぶたれたのはなぜ
劇中で子供時代のタエ子は父親にぶたれてしまいます。
一度だけタエ子をぶった父親の心境とはどのようなものだったのでしょう。
タエ子の父は昭和の父親
昭和を生きた人は、意外とすんなり受け入れることが出来るシーンではないでしょうか。
1966年、タエ子が小学5年生の頃は昭和の父親=厳格というイメージが強い時代でした。
子供にビンタをする親も少なくなかった時代です。
それでも劇中では、父親が末っ子のタエ子にビンタをした時、特別なことをしたという空気感が漂いました。
父親は前にも後にも一度だけタエ子を叩いたのでしょう。
現代では虐待と捉えられる行為ですが、昭和の時代は現代より家族の関係密度が高かったのです。
だからこそ父親はタエ子をぶつことが出来たのではないでしょうか。
裸足で出たことが原因という考え方
裸足で……。
引用:おもひでぽろぽろ/配給会社:東宝
父親はそれまでいくらタエ子がわがままを言っても無言でした。
おそらく父親は女性のわがままに慣れていたのかもしれません。
うちの子は皆わがままだよ
引用:おもひでぽろぽろ/配給会社:東宝
上記の祖母のセリフからもわかるように、岡島家の女性は皆わがままなのです。
タエ子がわがままを言っても「またか……」という心境だったのでしょう。
しかし、タエ子は女の子なのに裸足で外へ駆け出しました。
厳格な父親は女の子としての行儀の悪さは許せなかったのではないでしょうか。
はしたないという感情に思わず手が出てしまったのです。
父親もきっとやってしまった、という気持ちだったのでしょう。
その後の場の空気の悪さが、父親の居心地の悪さを表現しています。
わがままが暴走し八つ当たりをしたから
もうひとつの考え方はタエ子のわがままが暴走し止まらなくなっていたから、という理由です。
何度も意見を変え、タエ子自身収集のつかない状態になっています。
タエ子のわがままはやがて八つ当たりに変化しています。
そんな状況下で、ついに裸足で飛び出してきた娘に堪忍袋の緒が切れたのかも知れません。
客観的に観るとタエ子が可愛そう
そもそもタエ子が不機嫌になったのは、両親をひとりじめ出来ると思っていたお出かけに急に姉がついていくことになった為です。
昭和の時代は子供も多く、子供にとって両親をひとりじめ出来るのはとても貴重で幸せなことでした。
タエ子は両親に甘えたかったのでしょう。
両親がタエ子の不満をもっとくみ取ることが出来たら、タエ子の感情が暴走することもなかったのではないでしょうか。
あのときはひどく痛かった
引用:おもひでぽろぽろ/配給会社:東宝
27歳のタエ子のセリフですが、頬だけでなく心の痛みもプラスされているのです。