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【アーロと少年】感動に狂気を混ぜ込んだ理由を考察!大人向けの作品といわれるのはなぜ?監督と母親の関係を投影した場面も紹介

出典元:https://www.amazon.co.jp/dp/B01HIPZLXA/cinema-notes-22

2015年公開の『アーロと少年』は、ピクサーが描くファンタジー世界が魅力的な映画です。

もしも恐竜が絶滅していなかったら、というパラレルワールドが様々な意見を生み出しました。

感動の中に見え隠れする狂気は意図的なものなのでしょうか。

本作が大人向けといわれる理由や、監督と母親との関係を投影しているシーンなどを徹底考察していきます。

感動の中の狂気の謎

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『アーロと少年』では、まるで野生動物のような人間スポットと高度な文化を持つ恐竜たちが描かれています。

そして劇中では、家族の大切さを感動的に描きながらも狂気ともとれるシーンが数々織り込まれていました。

リアルな自然描写が厳しさを伝える

本作ではまるで実写ではないか、と思わせるほどの見事な背景が絶賛されています。

しかし激流のシーンはなどは、観る者に恐怖を感じさせるのです。

まるで実際の災害シーンを観ているかのような恐ろしい場面となっています。

父親が流された激流はアーロにとって恐怖心を煽る存在であり、トラウマのひとつといえるでしょう。

自然を美しく描くばかりではなく、その裏に隠された脅威を伝えることでリアルな自然界を観る者に印象付けているのです。

弱肉強食の残酷さを描いている

人生はそんなに甘くないんだ、とでもいいたげなプテラノドンのシーンは観客を絶句させるほどの惨たらしさを感じます。

本作には正気ではないという意見も出るほどの、数々の弱肉糧食のシーンが登場しているのです。

『アーロと少年』は自然界の現実をよりリアルに描くことで、観るものに自然界の厳しさや怖さをまざまざと見せつけているのです。

恐怖を共感する為

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狂気ともとれる劇中のシーンですが、製作スタッフが正気を失っているわけではありません。

狂気のシーンの裏には計算されたトリックが隠されています。

それは劇中のアーロと恐怖を共感することで、それを克服していく過程をより一層楽しめるという構造です。

そして狂暴なキャラクターたちの見た目は、狂った犯罪者のような顔つきに描かれていました。

食事の為とはいえ他を陥れてお腹を満たす存在の生き物は、狂気を感じさせる顔つきになるということでしょう。

犯罪者を風刺しているかのようなキャラクターたちは、現実社会にはびこる悪を思わせます。

ピクサー独特の構成

感動シーンと狂気のシーンが入り混じる作風は、ピクサーならではの構成ともいえます。

ピクサーは、複数の人々が泣けるシーンや笑いのシーンなどと役割を分担しているのです。

感動のシーンをつくった人と、狂気のシーンをつくった人は別人かもしれません。

ひとつの作品が完成するまで何度も何度も話し合いをします。

様々な意見と多くの感受性をもって、ひとつの作品へと固まっていくのです。

両極端にも見える感動と狂気のシーンも、こういったディスカッションを経て出来上がったものなのでしょう。

恐怖を描くことで伝えるメッセージ

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狂気ともとれるシーンは、現実の社会はそんなに甘いものではないというメッセージを感じます。

アーロが家を離れ外の世界へ出ることで、今まで自分が守られていたことにも気がついたでしょう。

恐怖を感じることが出来ないものは、生き残ることが出来ない

引用:アーロと少年/配給会社:ウォルト・ディズニー・スタジオ・モーション・ピクチャーズ

ティラノサウルスは生き残る極意を教えてくれます。

恐怖を知り受け止めて乗り越えることが、大人への一歩なのです。

大人向けの作品といわれる理由

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『アーロと少年』は、大人向けの映画だと囁かれています。

なぜ子供向けではなく、大人向けなのでしょう。

子供が狂気を受け止められない可能性がある

本作には作り手の精神状態を疑われるようなシーンが登場しています。

「恐怖」を共感するためとはいえ、子供がそのシーンを受け止められるか不安が残るところです。

幼い子に食物連鎖を教えるときは、刺激が強すぎるものは避けるというのが常識とされています。

リアルな映像ではありませんが、一度助けられた愛くるしい動物が無残に食べられるシーンは子供向けではありません。

子供が観る場合は、自分の中で十分に心の処理が出来るようになってからが良いでしょう。

子育てというテーマが隠されている

本作はアーロが成長する物語ですが、アーロへの子育ての仕方もリアルに描かれています。

子育てにマニュアルはなく、間違いも正解もありません。

アーロの父親も手探りの状態で子育てをしています。

『アーロと少年』は、親としての視点からも描かれているのです。

人間が家畜のように描かれている

アーロと少年 3d

本作ではスポットがまるで家畜のように描かれており、アーロは文明を持った賢い存在です。

もしも恐竜が絶滅していなかったらというもしもの世界を描いていました。

この世界で人間は文明を持つことが出来ず、動物のように匂いをかぎ生活するのです。

歴史がズレることで起こる違和感、大人ならこの世界観を味わうことが出来るのではないでしょうか。

種の共存を考えさせられる

アーロとスポットの出会いはまさに敵同士でしたが、彼らはいつしか強い絆で結ばれました。

しかし、お互いに一緒にいたいという気持ちはあるのに共に暮らそうとはしていません。

お互いに生きるべき世界が違うからです。

お互いが自然な形で幸せになる為に、アーロはスポットを人間たちに託しました。

ふたりの間に固い絆は生まれましたが、家族として一緒に生きることは出来ないのです。

背中をおしたアーロの強く優しい心こそ、原題の「THE GOOD DINOSAUR」なのでしょう。

監督と母親の関係を投影

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『アーロと少年』は、監督であるピーター・ソーンの母親が影響を与えているようです。

ピーター・ソーン監督の母親は韓国人の移住者で、映画に行っても英語が理解出来なかったといわれています。

理解出来ない英語では、映画も楽しめません。

更にピーター・ソーン監督は韓国語を話すことが出来ないので、母親とのコミュニケーションにはジェスチャーを使用していたのです。

劇中でアーロとスポットがコミュニケーションをとる様は、監督と母親からインスピレーションを受けたものでしょう。

言葉が通じないもの同士でも、強い絆が結ばれていました。

通じないからこそ、相手を知ろうとして強く心を向けるのかもしれません。

家族の在り様を提示していた

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劇中では「家族」とは何かを伝えるシーンが印象的です。

スポットの家族は血のつながっていない家族

終盤にスポットの家族が登場しますが、血のつながった家族ではありません。

スポットだけ髪の色が違いますし、顔も似ていないのです。

そして登場した姉とスポットは同じ年に観えます。

ここは白髪の4人家族が、スポットを家族として迎えたシーンと解釈出来るのではないでしょうか。

スポットは3本の枝を立てていた

劇中でアーロが家族を説明した時、スポットは2本の長い枝と1本の短い枝を立てていました。

これが本当のスポットの家族です。

母親と父親はおそらく死んだのでしょう。

白髪の4人家族に同族の匂いを感じ取りますが、スポットはアーロの元へ戻ってしまいました。

自分の家族ではないと匂いで感じたのです。

しかしアーロが血のつながりがなくても家族だと示したことで、スポットは人間として生きていきます。

家族というものがどんなものなのか、深く考えさせるシーンです。

恐怖の克服と家族を描いた作品

ポスター/スチール写真 A4 パターンA アーロと少年 光沢プリント

狂気ともいわれている数々のシーンは、恐怖を共感する為のものでした。

アーロは恐怖を感じ、克服することで立派な恐竜の仲間に加わることが出来たのです。

アーロやスポットの冒険を通して人間とはどのような存在なのか、家族であることの条件とは何かを考えさせられます。

『アーロと少年』は時代を経て何度も観返したくなる映画ではないでしょうか。