その後、2人の関係性は素数の様に1以外(吹奏楽)の約数を持たないものから、「本番頑張ろう」という約数を持つようになりました。
2人の思いが重なり合い(joint)、ハッピーエンドに向かうことを示唆することで、青空のような遠くまで透き通る透明感を作品に与えたのではないでしょうか。
「静謐さ」をもたらす、いくつかの仕掛け
山田尚子監督特有の多層構造と非言語による描写
山田監督は、1つのセリフや行動でシーンの理解を促すのではなく、物語の中の出来事を多層的に重ねる手法を用いて、丁寧に登場人物の心の変化を伝えています。
例えば、登場人物の心理描写をセリフだけではなく、顔の表情はもちろん、髪の動きであったり、歩くスピード、歩くテンポ、指先の動き、視線の強さや動かし方など細部を重ねることで雄弁に語ることに成功しています。
これは、観る側に言葉で理解を促すのではなく、人類が進化する過程で身につけてきた相手の動きから様々な情報を得る能力を巧みに利用することで、意味を解釈しようとするタイムラグやノイズを減らします。
それが作画とあいまって静謐さを感じさせるのではないでしょうか。
また、間の使い方で静謐さを感じさせることは多くの作品で目にすることではありますが、あえてシンプルな音(風の音、鳥の囀り、足音)を入れています。
そのことで、静謐さを浮き彫りにする黒澤明監督のような手法も用いられていました。
ハコフグは素早くヒレを動かすが、進むスピードはとても遅い
吹奏楽部の部室で友達と雑談をしている希美のフルートに太陽光が反射し、離れた場所にいるみぞれの服にその反射光が当たる場面。
二人の距離感を絶妙に表している印象的なシーンです。
言葉を交わさずともお互いの存在を確認できたことに嬉しそうにするみぞれと、他の友達とすぐに別のことをし始める希美。
このシーンの直前にあった、水槽の中を泳ぐハコフグは素早くヒレを動かしていますが進むスピードはとても遅く、ほのぼのとしたシーンの様に描かれています。
が、これはみぞれの希美を思う気持ちの「報われない寂しさ」を表しており、ここでも多層構造を使うことでセリフや音を用いずに饒舌に心情を描いています。
孤と対の並列がもたらす静かな寂しさ
前段で紹介した主人公2人の気持ちのすれ違いを感じさせるシーンの直後に出てくる静止画では、「ドアの模様」「窓の手すり」「傘」が対を成して仲良く並んでいます。
しかし、これはただの場面展開としての役割だけではなく対比構造を作っています。
直前に寂しさを感じるシーンがあった後に、あえて静止画で対のモノが並ぶ静止画をもってくることで、寂しさを感じたみぞれの気持ちとの対比で、より静かで深い寂しさを演出しています。
このように山田監督はセリフを使わずに静的に理解を促すことで、この作品に静謐さをもたらしているのではないでしょうか。
緻密で繊細な仕事
さまざまな要素を多層的に積み上げながらも、決して「くどさ」を感じさせず「透明感」や「静謐さ」を感じさせています。
それは緻密で繊細なバランス感覚で要素を選択しながら層を積み上げているからではないでしょうか。
山田監督の磨き上げられた感性とバランス感覚なくして、この作品の圧倒的な「透明感」と「静謐さ」は構築できなかったでしょう。
京都アニメーションの一つの完成形が誕生した
ちょっとした仕草が伝える情報量の多さとその正確性
京都アニメーションと言えば「京アニクオリティ」と呼ばれる作画レベルの高さがあげられます。
ですが今作は美しくも儚いストーリーや背景、そして音楽と調和するようにテレビアニメからキャラクターのデザインを変更しています。
より実写に近いデザインにすることで、「ちょっとした仕草が伝える感情」を観る側に正確に伝わるように徹底的に研究されているだろうことがうかがい知れます。
「京都アニメーションの一つの完成形が誕生した」と言ってしまっても決して大袈裟ではない作品となりました。