無重力を正確に表現するために『ゼロ・グラビティ』ではワンカット・長回しの撮影方法を多用しています。
シーンを切ることなくワンカットでずっと撮り続けることです。それによって鑑賞者は永遠に宇宙空間を浮遊しているような感覚になります。
「ライトボックス」とスタッフが呼ぶ大きな箱の中にワイヤーで吊った俳優たちを入れて撮影したことで技術的に可能になりました。
ライアンの主観を中心にしたカメラワークの中、彼女の完全主観を混ぜている点も見逃せません。
カメラを完全に彼女の視界、また音響を彼女の聴覚に合わせたシーンによって鑑賞者は無重力をより感じたのではないでしょうか。
無重力にこだわった理由とは
ワンカット撮影以外にも無重力を感じさせるシーンが多々あります。監督はなぜそこまで無重力にこだわったのでしょうか。
無重力を感じさせるシーン
無重力を感じさせる代表的なシーンは宇宙船内ではないでしょうか。
そこは宇宙空間よりも私たちが親密感を覚えるスペースなだけに無重力の特殊性が際立ちます。
特に目を引くのが事故の破損によって炎の塊がまるで生き物のようにふわふわと飛び交っているところでしょう。
船内のシーンはNASAの協力を得てリアルに描写したといわれています。
宇宙船外でも地球の引力に引っ張られるシーンは逆に無重力を感じさせます。私たちは重力に負けていることが前提になった生活を送っています。
そのため地球の引力を感じることはほぼありません。一方、映画の宇宙飛行士たちはたびたび地球の強大な引力に脅かされることになります。
それによって観る側は彼らが重力から自由になった無重力スペースにいることを痛感させられるのです。
監督が無重力にこだわった理由とは
キュアロン監督はなぜここまで重力にこだわったのでしょうか。何しろほぼ全編が無重力空間であり原題もまた『Gravity』(重力)です。
それはやはり重力に生というメタファーを与えたかったからでしょう。ライアンは宇宙空間においてずっと重力と闘っていたといえます。
定期的に襲い掛かってくるデブリや大気圏突入の恐怖はすべて地球の重力である引力がもたらしたものです。
地上に生きる普通の人にとっても重力は時に災いをもたらします。思わぬ転倒や落下事故などがそうです。
が、それと同時に重力は私たちの命を一所に固定してくれるものでもあります。重力は恩恵と災いの両面があるという点で生そのものと重なります。
監督は無重力空間を正確に描写することで、このテーマをリアルに伝えたかったのではないでしょうか。
ライアンの犬の鳴き真似が意味するものとは
ドラマとしてこの映画で最も際立ったシーンはライアンが犬の鳴きまねをするところではないでしょうか。
宇宙船内でたまたま拾った地球上の電波から、彼女はおそらくどこかの家庭で飼われた犬の鳴き声を聞きそれを真似るのです。
一見、地球の生活を懐かしむノスタルジーのように見えます。しかしそれは「生きたい」という彼女の意思そのものだったのではないでしょうか。
ライアンはそのとき地球への生還をほぼ絶望視していました。それだけに電波が拾った犬の鳴き声から生命の輝きを感じたのかもしれません。
犬に続いて赤ん坊の泣き声がするのにも意味があるでしょう。
ライアンの犬の鳴き真似とは誕生のメタファーに満ちたこの映画にとって「産声」を示すものだったのではないでしょうか。