そこから、コステロとビリーの母は若い頃に男女関係にあったのではと推察できるでしょう。
尼僧さんとの過去の出来事から、あってもおかしくない出来事として想起されます。
ビリーはコステロの子供のなのかもしれません。
これは、誰の子供かさえも本当はわからない、世界には確実なものなんて存在していないのだというメッセージのようにも受け取れます。
最後に死ぬときに残るもの
コステロがビリーの父親のことを話すときに、次のように評します。
金で買われる人間ではなかった。人に屈しない人間だった。
引用:ディパーテッド/配給会社:ワーナー・ブラザース
世の中には2種類の人間がいて、力のあるものに従順でうまく立ち回る人間と屈しない人間がいることが繰り返し対比されます。
自分のやりとげようとすることに必要なら人を騙しても自己欺瞞はしない人間。
一方で、地位や金のためならどちらにでも転ぶ男。
後者は扱いやすいだけの存在で信用していなかったから、コステロはコリンとの通話を証拠に残して去っていったのではないでしょうか。
コリンが死を望んだのはなぜか
騙し合いの中、猜疑心が渦巻く中で信じられるものは自分だけなのに、自分が誰だかさえもわからなくなってしまいます。
けれど最後までビリーは人の信頼や他人を信じる人物として描かれていますね。
警察学校同期の黒人の同僚もビリーが自分を撃たないと強く信じていました。
最終的にはマフィア側の「ねずみ」によって、この同僚はあっけなく殺されてしまいます。
コステロもビリーも射殺され、残ったコリンのみが死人に口無しなのをいいことに栄誉をほしいままにします。
この出し抜き合戦を勝ち抜いてコリンに残ったのは、虚しさと自己嫌悪だったのではないでしょうか。
だから、巡査部長が暗殺にきたときにあっさり死を受け入れたのです。
部屋に入る前に同じフラットの御婦人が連れていた犬にも触らせてもらえないシーンは、まるで彼の疎外感を象徴しているようですね。
コステロがビリーに証拠を託した理由
コステロはコリンが裏切るのをどこかでわかっていたのと同様に、ビリーも警察の「ねずみ」だということをわかっていたのではないでしょうか。
ビリーを怪しみながらも簡単なチェックだけで手下を納得させています。
まるで血を分けた息子だと認識していたかのようです。
いずれにしろコステロはビリーを気に入っていたのだと思います。
そして「逝っちまった奴」のメッセージは、何も確実なものはない世界で信用できるのは人の在り方そのものだということです。
「お前は何のために生きるのか」
「お前は何者なのだ」