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【劇場版 Fate:stay night [Heaven’s Feel]】桜が士郎に与えた影響を解説!明るい玄関の意味は

出典元:https://amzn.to/2NgK0cA/cinema-notes-22

本作は、2004年にコンピューターゲームが発売されて以来、絶大な人気をほこる『Fate/stay night』劇場版3部作の第1作目です。

映画の主題は「正義の味方とは?」という問い。

この主題を深く理解するためには主人公の衛宮士郎もさることながら、ヒロインである間桐桜の役割を知ることが重要になります。

この記事ではまず桜に出会う前の士郎について考察したうえで、桜が士郎に与えた影響について徹底的に解説していきましょう。

士郎のモラトリアム

劇場版 Fate/stay night [Heaven's Feel] UFOつままれ ラバーパスケース 衛宮士郎

桜に出会う前の士郎は一言でいえばモラトリアムな状態です。

つまり自分が何者なのか? 将来どんな人間になりたいのか?が曖昧ということ。

象徴的なのは映画冒頭の弓道部でのシーンです。

弓道部の部長は顧問である藤ねえに対して、士郎の印象をこんなふうに告げています。

「ほかの一年とは毛色が違う」

引用:Fate:stay night [Heaven’s Feel]/配給会社:アニプレックス

しかし、どう違うかについては部長もはっきりと言語化することができません。

基本的に映画の冒頭というのは「主人公はこういう人間だよ」ということを視聴者に紹介していくものです。

そのような重要な場面であえて「異質だけどよくわからない存在」としての士郎が語られます。

これは「士郎自身も自分が何者であるかをよく分かっていない」ことを強調するための演出だといえるでしょう。

理想と現実のギャップ

 Fate/stay night Heaven’s Feel 下敷き 士郎&桜

では、士郎はなぜモラトリアムな状態になっているのでしょうか。

その答えは「理想と現実との間にギャップが存在するから」にほかなりません。以下で詳しく見ていきましょう。

正義の味方とは?

最初に書いたように、士郎は「正義の味方」を目指していますが、具体的にどうなりたいかは曖昧です。

そんな士郎に対して、物語のなかではシリアスな「正義の味方像」が語られていきます。

「正義の味方には倒すべき悪が必要だ」

引用:Fate:stay night [Heaven’s Feel]/配給会社:アニプレックス

あるいはこんな言葉もありましたね。

「誰かの味方になるってことは、誰かの味方をしないってこと」

引用:Fate:stay night [Heaven’s Feel]/配給会社:アニプレックス

聖杯戦争がはじまる以前の士郎にそのような「偏り」はありません。

むしろ、ほかの生徒たちの頼みを聞いてあげるなど博愛主義的な人物像が描かれています。

聖杯戦争に参加する理由も、10年前のような被害から「みんなを助けること」であり、そこには明確な敵がいないのです。

士郎が正義の味方をめざす理由

そもそも士郎はなぜ正義の味方をめざしているのでしょうか。

それは作中で何度も語られるように「切嗣の真似」でもあり、さらに遡れば10年前の火災から生き延びた使命感でもあります。

つまり「自分がそうしたいから」ではなく「そうしなければならない」という強迫観念に近いものだといえるでしょう。

「心の底からやりたいこと」ではないために迷いや葛藤が生まれて、士郎はモラトリアムな状態から抜け出すことができません。

さらに、士郎が自分の感情に蓋をしてまで正義の味方にこだわる理由のひとつに母親の不在があります。

母親の不在について

Fate/stay night(Heaven's Feel) 第2章lost butterfly 第5週目 特典 35mm フィルム コマ 図書室にてアーチャ・凛・士郎(動きあり)?

印象的なのは士郎と桜が蔵でストーブを前にして語り合うシーン。

士郎は養子として育ったことを気にしない理由について、年上がみんな頼りなかったからと答えます。

切嗣も藤ねえも家事がまるっきりだったため自分が家事をしていたと回顧するシーンです。

このエピソードは士郎が「母親的な存在を欠いて」育ったことを明確に表しています

順番は前後しますが、桜がはじめて士郎を知ったときのエピソードにも実は母親の不在が関係しています。

放課後に士郎が何度も走高跳びに挑戦していたというエピソードです。

桜はこんなふうに回想しています。

「最後には自分じゃ飛べないと納得して帰って行きました」

引用:Fate:stay night [Heaven’s Feel]/配給会社:アニプレックス

普通の男の子なら走高跳びが飛べなければ「納得できず」に落胆して帰っていくでしょう。

そして家に帰れば母親がいて「気にしなくていい」と慰めてくれるはずです。

母親に許されることで子どもは「走高跳びを飛べなくてもいいんだ」とようやく納得できます。つまり挫折を受け入れるのです。

なぜなら「何も出来なくても無条件に愛してもらえる」という安心感があるから。

士郎の日常にはそういう「安心感を与えてくれる存在」がいませんでした

切嗣はあくまで父親的な存在であり、そこには無条件の優しさだけでなく厳しさが同居していたはずです。

だからこそ悔しさを通り越して、自分自身が「納得」できるまでは、走高跳びをやめることが出来なかったと考えることができます。

そして同じように、士郎は「正義の味方」からも挫折できずにいるのです。

桜が士郎に与えた影響について

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さてここからは、いよいよ本作のヒロイン桜の役割について解説していきましょう。

一般的な物語では主人公が正義の味方になるために、守るべき存在が欠かせません。

多くの場合その守るべき存在こそがヒロインの役割となるのです。

ただ、本作におけるヒロイン桜の役割は「一般的な物語」とは一味も二味も違います。それだけに桜という存在はかなり複雑。

結論を言ってしまうと、桜はまったく正反対な2つの影響を士郎に与えています。

正反対な2つの影響

それは簡単にいうと「戦う理由」と「戦わない理由」の2つ。

この相反する2つの影響こそ桜というヒロインの複雑さ、そして魅力の由縁なのです。

どういうことか。順番に見ていきましょう。

戦う理由〜守るべき存在〜

【衛宮 士郎&間桐 桜 (B)】劇場版 Fate/stay night [Heaven's Feel] ミニ色紙

士郎にとって桜が守るべき存在であることはいうまでもありません。

士郎が慎二のサーヴァントであるライダーを倒した翌日、桜の顔にあざがあるのを見て士郎ははじめて怒りを露わにしました。

また別の場面では桜のために慎二に掴みかかりさえしています。

それまでの「博愛主義者」とは違う士郎の新しい一面です。

さらに、桜が倒れたときには手を握りながらこう言います。

「桜のことが心配だ」

引用:Fate:stay night [Heaven’s Feel]/配給会社:アニプレックス

士郎の背中がやけに頼もしく描かれる印象的な場面ですね。

聖杯戦争に参加する理由も「みんなを助けるため」というものから「桜が元の生活に戻れるように」へと変化しました。

士郎は桜の存在により少しずつ「正義の味方」らしく成長していくのです。

ここまでは先に述べたように「正義の味方には守るべき存在が欠かせない」という物語の王道的な展開だといえるでしょう。

戦わない理由〜明るい玄関の意味〜

劇場版 Fate/stay night Heaven's Feel 入場者 特典 フィルム 士郎

一方で、士郎が怪我をするたびに心配をする桜がいます。

家事の指示さえ出せなかったセイバーに対して、はっきりと苦言を呈するなど、こと士郎のこととなると桜はかなり強気です。

勘のいい方はすでに気がついているかもしれません。

ここで見えてくるのがまさに桜の「母親的」な側面なのです。

遡ってみると桜が士郎の家に通うようになった理由も「士郎の世話をするため」でした。

最初は洋服をたたむことも出来ませんでしたが、どんどん上達して料理の腕前も士郎に追いつきそうなほど。

そして何より象徴的なのが明るい玄関です。

冒頭では士郎が「ただいま」と言いながら帰っても、家の玄関はまっ暗でした。まさに母親の不在ですね。

ところが桜に合鍵を渡してからは、家に帰ると明るい玄関、そして桜の「おかえりなさい」という声が出迎えてくれます。

これは士郎が無意識にずっと求めていたものでした。

士郎は弓道部を辞めた理由として、体を鍛えたかっただけだから、慎二が嫌がるからなどと語っています。

しかし、母親的な存在を獲得したことで「戦わない理由」が出来たのも大きな要因の一つといえるでしょう。

士郎は初めて「正義の味方」になること以外で人生の目的を見つけた(見つけかけた)のです。

桜の多面性が象徴するもの

 TCG万能プレイマット 劇場版「Fate/stay night [Heaven's Feel]」「間桐 桜」

桜が「戦う理由」と「戦わない理由」の2つをもたらす「多面的なキャラクター」であることは先述した通りです。

では、そのような桜の多面性は何を表しているのでしょうか。

この問いに答えることが、本作ヒロインの魅力を解き明かす鍵になります。

士郎の夢

桜という存在の多面性は士郎の見た不思議な夢にも象徴されています。

夕暮れの教室で、士郎は遠坂に抱きつかれたあと首に噛みつかれます。

その後、胸を掴まされたかと思うとその相手は桜に変わっていました。

この夢には、攻撃や愛など様々なものを与える多面的で一貫性のない女性像が描かれています。

相手が遠坂から桜へと変化したのは、夢が象徴しているのが「特定の人物」ではなく士郎にとっての「女性性」全般だからです。

どういうことか。

母親を欠いていた士郎にとって「女性」はある面では未知であり、得体の知れない存在です。

桜に対しても士郎は心を通わせているようでいて、どこか掴みどころのない「不安」を抱いています。

それが不思議な夢の形で描かれたのは、士郎自身がまだその「不安」には気がついていないからでしょう。

しかし本作ではいろいろな仕掛けにより、視聴者が士郎よりも先に桜への違和感を抱くような作りになっています。

実際、本作では桜の内面や過去についてほとんど語られることがありません。

桜が聖杯戦争と関係していそうな雰囲気は示唆されるのですが、実態は謎のままでこの第1作目は終わってしまいます。

これにより、視聴者は士郎が桜に対して無意識に抱く「不安」をあたかも追体験しているかのような気持ちになるのです。

複雑でリアルな人間

ここまでで述べてきたような桜の多面性はむしろ一般的な女性像に近いものだといえるでしょう。

例えば、結婚をすれば夫は妻子のために一生懸命はたらかなくてはなりません。

ただし仕事ばかりで家族サービスを怠ると、妻は寂しい思いをして夫に苦言を呈します。

男からしたら「じゃあ、どうしたらいいんだよ?」と嘆きたくもなることもあるでしょう。

しかし、そもそも日常生活は仕事・家族・趣味など色々なものと折り合いをつけたうえで成立するものです。

極端な方向に振り切ればほかの全てを失うことにもなりかねません。

桜というヒロインの魅力

切嗣のかつての正義とはまさにそのような極端な形のものでした。

そして士郎もまた同じ道をたどりかねない危うさがあります。

士郎に極端な正義を選択させるのは守るべき唯一の存在、つまり桜です。

一方で、極端な選択に対して苦言を呈したのもまた桜でした。

つまり、ステレオタイプなヒロイン像と比べて桜の複雑な役割にはよりリアルな人間像が反映されているともいえます。

そのような人間らしさが本作ヒロインの最大の魅力でもあるわけです。

エンディングの解説

Fate/Stay Night Heaven's Feel I. Presage Flower Blu-Ray

士郎は聖杯戦争でセイバーを失い、満身創痍で家に帰りつきました。

すると家の前には桜が待っていて「おかえりなさい」と士郎を迎えます。

このエンディングは、先述した走高跳びのエピソードを踏まえると多くのことを示唆しているのが分かるでしょう。

士郎はこの時点では「正義の味方を諦める」という選択が可能なのです。

なぜなら無理をしなくても士郎には桜がいるから。

むしろ正義の味方を目指すことは桜の悲しみにつながるかもしれません。

そのためか、敗北を喫したにもかかわらず、桜の前にいる士郎の顔はどこか清々しく感じられます。

もちろん次回作の存在を知っている視聴者には「ここで辞める」という選択が不可能だということは明らかでしょう。

しかし、ここで忘れてはならないのがシリーズ原作のゲームの存在です。

ゲームではプレイヤーの選択によって数多くのエンディングが用意されていました。

もし仮に、本作が3部作ではなく1部完結の映画であったとしても士郎がずっと欲しかったものを獲得するという形で物語は成立します。

つまり視聴者の選択(とらえ方)によって、本作のエンディングには大きな意味を与えることもできるのです。