テープを渡す為に自分は交通事故に遭い、足を不自由にしたのに、誰の事も律子は責めません。
朔太郎と同じように、律子も亜紀の存在を心から大事にしていたのです。
亜紀と律子は似ている
真逆のタイプに感じる亜紀と律子ですが、“人に対して優しすぎる”という点は二人の共通点といえます。
そして“芯が強い”という部分でも二人は似ています。
亜紀は白血病にかかりどんなに苦しくても笑顔の様子が多い女性でした。
律子は片足が不自由にも関わらず、最後のテープを届けようと台風が近付いている中必死に歩きました。
この二人の女性の強さは真逆のようで共通項なのです。
朔太郎が律子に魅かれたのも亜紀と似た要素を兼ね備えている女性だったからといえます。
そして亜紀はまだ幼かった律子の憧れの優しいお姉さんだったのです。
プラトニックだからこそ成り立つ恋愛
朔太郎と亜紀の恋愛が光り輝いて見えるのは、二人がプラトニックな関係であったから、というのも一つの理由といえます。
無菌室で朔太郎が亜紀にプロポーズをし、ガラス越しにキスをするシーンは非常に切ないシーンでした。
まさに“純愛”という言葉がぴったりで、二人は魂で繋がった、いわばソウルメイトのような存在だったのです。
人が亡くなるという事
人間は二度、死ぬといわれています。
一回目は肉体的な死、もう一回目は誰もその人の事を語らなくなった時です。
亜紀の場合は肉体的な死はあっても、朔太郎や律子の中で生き続けています。
人が亡くなるから泣ける映画、というわけではなく、そこに亜紀が確かに存在したという存在証明がこの映画には力強くあるといえます。
なので、この「世界の中心で、愛をさけぶ」は非常に多くの人の共感を呼んだのでしょう。
忘れられない人はいますか?
初恋、実らなかった恋、実った恋、人間は様々な形で恋愛をします。
重じいのように、戦争に阻まれた事で実らなかったという悲しい恋もたくさんあるでしょう。
あなたには忘れられない人はいますか?
「世界の中心で、愛をさけぶ」はそんな直球な質問を真っ直ぐに純粋に問いかけてくれる映画です。
まとめ
セカチュー現象なるものを巻き起こし、異例の大ヒットを飛ばした「世界の中心で、愛をさけぶ」。
この映画は“好きな人の幸せを願う事”大切な事で忘れそうな事を思い出させてくれる切ない純愛映画です。