どこか輝きを帯び生き生きとしている一子相変わらず負のオーラが漂っている祐二の表情からもそれは明らかです。

一子の叫び

一子は遂に自ら初めてリングという大海原に自らの人生を賭けて出ることとなりました。

そこで待ち受けていたのは何だったのでしょうか?そしてラストシーンでの彼女の悲痛な叫びの意味は?

物語も佳境に差し迫ったこのシーンを是非掘り下げていきましょう。

「痛み」だらけの試合が意味するもの

痛みの価値 馬場全日本「王道プロレス問題マッチ」舞台裏 (プロレス激活字シリーズvol.1)
一子の試合は「百円の恋」最高の見せ場として描かれており、顔のアップを中心により凄く綺麗に演出されています。

しかし決して華々しく格好いい試合ではなく、とても痛々しいものです。これまでの努力が全て無に帰する印象さえ持たれかねません。

そういう印象がないのは一子が弱音を吐かず逃げ出さなかったからでしょう。

そんな痛みだらけの試合が意味するものは「弱い自分」に打ち勝とうとする一子の心の戦いだったのではないでしょうか。

人間関係に散々翻弄され、上手く行かず泣き出すこともあり、自堕落で覇気のなかった頃の自分に勝ちたかったのです。

そう、一子の真の敵は目の前のプロボクサーではなく、ずっと劣悪な環境に負けて流されてしまう弱い自分自身でした。

一子の心の叫びが意味するもの

試合に負けた一子は最後に自分を迎えてくれた祐二の中で嗚咽を漏らしながら叫びます。

勝ちたかった

引用:百円の恋/配給会社:SPOTTED PRODUCTIONS

結局彼女が手にしたかったボクシングでの勝利は手に入りませんでした。そんな一子の叫びが何故我々の共感を呼ぶのでしょうか?

「弱い自分」をボクシングを通して見事に払拭してみせたからです。負け組だった頃の一子ならこんな台詞は出てこなかったでしょう。

「百円の恋」においてボクシングはあくまでも「舞台装置」に過ぎず、スポ根の痛快さを見せることが目的だったのではありません。

本作における「戦い」とは「人生」、もっと言えば「自分自身」との戦いという人間の本質に迫る部分です。

一子は間違いなくこの試合で弱かった頃の自分に打ち勝ち、今ここに「人生」の戦いへと挑む資格を手にしたのだといえます。

そんな一子の必死の頑張りが祐二の心を動かし、祐二をして最後に一緒にご飯に行くという形に持って行けたのでしょう。

一子の真の戦い、そして祐二との恋は寧ろここから始まるのです。

一子の生態の変化

こうして見ていくと、「百円の恋」は斎藤一子という女性の生態の変化を克明に炙り出した物語であることが分かります。

序盤から終盤に向けて一子のステージが上がっており、「弱い自分」に打ち勝つことで次のステージへの資格を手にしていくのです。

そこで一足飛びに戦いのステージが上がるのではなく、地道に一歩ずつという現実の厳しさが徹底されているのが本作の面白い所。

現代人の誰の心の中にも居る「弱い自分」に負けず、戦っていくことの重要性が一子の生態の変化から読み取ることが出来るのです。

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「百円の恋」の意味

百八円の恋

「百円の恋」というタイトルの意味は劇中では一切解説されず、そのヒントは「百八円の恋」の次の歌詞にあります。

誰かを好きになる事にも消費税がかかっていて
百円の恋に八円の愛ってわかってるけど
涙なんて邪魔になるだけで大事な物が見えなくなるから
要らないのに出てくるから余計に悲しくなる

引用:百八円の恋/作詞:尾崎世界観 作曲:尾崎世界観

一子と祐二、二人の負け組の恋模様を的確に歌い上げています。世のラブソングに対する一種のアンチテーゼではないでしょうか。

「愛さえあれば何もいらない」という謳い文句が世間にありますが、実際問題現実の恋愛は何かしらの「対価」「代償」が付き物です。

高かろうが安かろうが、大人の男女が絡むとそこには常にお金や性行為といった生々しい大人の事情、利害が発生します。

祐二は一子を「都合のいい女」として利用していたし、一子もそれを承知で祐二に体を許し、最後にはまた一緒になりました。

泥臭く汚い所から始まった恋も真剣に自分と向き合えば、そこにはしっかり「価値」が生まれ、安くても本物となるのです。

決して明るくも派手でもなく、しかし前向きで地に足のついた強いメッセージが画面を通して我々の心に強く響いてくるのです。

だからこそ、本作は決して万人受けする作風ではないながらも数々の賞を受賞し、邦画の歴史に名を刻む傑作となったのではないでしょうか。

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