息をひそめて暮らしてきた2人が別れを告げたのは、雑踏に紛れ人目を逃れる暮らしです。
いわば人生のリセットボタンが「さよなら」という言葉だったのかもしれません。
徹が振り返らなかった理由
染谷将太演じる徹は、なぜ振り返ることもなく恋人の元を立ち去ったのでしょう。
彼が選んだのは二つの「さよなら」でした。
徹が決別したのは自分自身だった
前田敦子演じる沙耶との倦怠期や、シンガーデビューにまつわる過ちが別れの原因だったのでしょうか。
劇中では関係を続けたい、という沙耶と徹の間で揺れ動く心情が見え隠れしています。
徹は、枕営業をしようとしている恋人を引き留めることさえ出来なかった…、そんな自分自身に嫌気がさしたのです。
今はこんなところでくすぶっているけど…
引用元:さよなら歌舞伎町/配給会社:東京テアトル
従業員に漏らす言葉からも、徹が何より自分自身に対して苛立っている事がうかがえます。
沙耶との別れは、今の自分自身と決別するために必要だったのではないでしょうか。
その強い気持ちがあったからこそ、沙耶の未来を訪ねる言葉に振り向くことはなかったのでしょう。
沙耶は歌舞伎町が生み出した少女ともいえます。
芸能界の裏側や歌舞伎町の裏側を受け入れ、上にのし上がっていく少女…。
徹が別れを告げたのは歌舞伎町そのものだったのでしょう。
二人の別れは、本作を象徴するシーンだったともいえます。
やり直すために振り返ってはいけなかった
徹が行き詰った人生をやり直すために向かった先は、作品の中でも大きな意味を持つ故郷の塩釜でした。
東日本大震災の被災地であり、その震災があったために徹や妹の学費もままならない状況になった事が劇中で語られています。
故郷に戻り現実と対峙することで、本来のあるべき再スタートを切ったのでしょう。
歌舞伎町に別れを告げたのは、自分の夢から逃げた訳ではなく、夢に今一度向かうためのものといえるのではないでしょうか。
あの時徹が振り返っていたら、歌舞伎町という幻惑に再び惑わされていたのかもしれません。
福島の持つ意味
この映画では、東日本大震災がテーマの一つとして描かれています。
劇中で描かれていた人物は、皆底辺の生活をしている者たちでした。
歌舞伎町という場所は、仕事を選ばなければ職にあぶれることはありません。
だからこそ、底辺の生活者が描かれていたのでしょう。
その街に、福島から来た徹と美優が描かれていたことは福島の苦しみや現状を示唆したものだったのかもしれません。
廣木隆一監督は福島県郡山市出身であり、震災時は福島に行くために新幹線に乗っていたそうです。
本作公開から2年後の2017年には、廣木監督の映画「彼女の人生は間違いじゃない」が公開されました。
この作品では福島と被災した人々が中心に描かれています。
また「彼女の人生は間違いじゃない」は、本作でのエピソードと重なるストーリーになっているのです。