それが同時にジャーナリストとして避けては通れない「真実」を知る恐怖にも繋がる程に怖い物に感じられたのではないでしょうか。

真実を知ることは決して良いことばかりではなく、現実そのものが変わってしまいかねない危険さえ孕んでいます。

それでも尚ウィルはやはり「真実」を知らないといけないからこそ、昔の父を知っている人物を訪ねることになります。

「外」と「内」

生命の内と外(新潮選書)

ウィルはこの後父の話が本物かどうかを知る為に、話の中に出てきたジェニファーを訪ねます。

理由は家をしょっちゅう開けていた父が彼女を愛人として浮気していたのではないか?という疑惑からでした。

一見週刊誌レベルの安っぽい動機のようですが、しかしこのインタビューには実は大きな意味があるのです。

それは息子のウィルがこれまで「内」のエドワード、即ち「父」としての姿しか知らなかったということ。

ビッグ・フィッシュを語る上でここは外せません。「現実と幻想」「真実と嘘」が目立ちますが、それは同時に「内と外」の違いでもあります。

父への反抗心を募らせてジャーナリストになったにもかかわらず、ウィルは近親者という「内」の視点からか父の姿が見えなかったのです。

ここで初めてウィルは「外」の父、即ち過去にしてきた作り話に出てきた実在するモデルとなる人物を訪ねることで「外」の視点を知ります。

そしてそれがウィルに大きな心境の変化をもたらすのです。

ウィルがエドワードの話を語り継ぐ理由

ウィルはとうとう父の「真実」を知り、父エドワードの話を語り継ぐ決意をします。

果たしてウィルが知った「真実」は彼に何をもたらしたのか?ジェニファーが語るエドワードとはどのような人物であったのか?

 ウィルが知る「外」の父

ウィルはジェニファーに「そういう関係」、即ち父と浮気した愛人同士だったのかを聞きます。

しかし、彼女が語ってくれた真相はウィルの疑惑とはまるで違うものでした。

エドワードは偶然スペクターに二度寄っただけで、しかもやっていることは投資という形での街の復興でした。

つまり、ウィルは父が話していた噂話が全くの「嘘」でもなければ、完全な「真実」でもない絶妙な匙加減の作り話であったと知ります。

冒険譚という形で面白おかしく語られていた荒唐無稽な「外」の父は実にまっとうな社会人の姿だったわけです。

社会人としての姿をジェニファーが語ってくれた外側からの視点によって知った、これが凄く大きな変化となったのではないでしょうか。

二種類の女=「内」と「外」

もう一つ、ジェニファーがウィルに語った言葉として面白い指摘がありました。

彼の頭では――女は2種類。“お母さま”と“それ以外の女”

引用:ビッグフィッシュ/配給元:ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント

この後「彼はあなたを愛してる。私は――それを望めない。私は空想の世界の女」と続くのですが、この台詞回しが全てを物語っています。

そう、父・エドワードにとっては“お母さま”=「内」、と“それ以外の女”=「外」ということが分かるのです。

ここで改めて父が「内」と「外」を線引きしている人であることが伺え、きちんとその一線が引かれていました。

それがウィルの腑に落ちる格好となったのでしょう。ジェニファーから語られるエドワードの姿が決して虚飾や格好つけではありませんでした。

このワンシーンで「外」の視点から客観的に語られる父・エドワードの姿がそれまでのウィルに対する優しさ・愛情から来ていたことも伺えたのです。

ウィルの「知って――よかった」という台詞と憑き物が落ちた穏やかな表情がウィルの心境の変化を的確に物語っています。

「真実であること」と「面白いこと」は別物

面白いとは何か? 面白く生きるには? (ワニブックスPLUS新書)

そしてもう一つ、ウィルに心境の変化をもたらした大きな理由は「自身の出生」に関しての話でした。

ここでウィルはジェニファーとは別のもう一つの「真実」の側面を知ることになります。

それはウィルの誕生日、父が散々「ビッグフィッシュ」という伝説の魚を捕まえに行っていたという話の真実です。

実際は単にエドワードが仕事の都合で出産に立ち会えなかっただけで、ウィルが生まれた当時は男が女の分娩室に行く習慣がなかったと知ります。

実に味気ない話です。折角「外」の父親が良い人だっと知ったのに、「内」の父親が自分の誕生にも仕事の都合で投げ出す人だったのですから。

その真実を受けての「あなたの話もいい」という意見にはウィルの複雑な心境がエッセンスとして凝縮されています。

ウィルは決してここで語られた真実を全面肯定していません。全面肯定していれば「あなたの話の方が良い」と諸手挙げて喜ぶ筈だからです。

それをせず中立的な態度を取ったのは父の語る作り話の真実を知ることが必ずしも良いこととは限らないと知ったからではないでしょうか。

ここで初めてウィルは「真実」と「面白さ」は別物であることをその良い面と悪い面の双方において知ることになりました。

ジェニファーが語ってくれた父親の真実は「格好良かった」。逆に病院の先生が語る父親の真実は「格好悪かった」。

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