出典元:https://www.amazon.co.jp/dp/B079K7Q9WF/?tag=cinema-notes-22
日本の怪獣映画やアニメに精通し、「オタク監督」などと称されるギレルモ・デル・トロ。
「パンズ・ラビリンス」や「パシフィック・リム」などの監督としても注目されているメキシコ人です。
彼が、2017年に放った「大人のおとぎ話、ファンタジー」が「シェイプ・オブ・ウォーター」です。
監督が6歳からその構想を温めていたという、いわばギレルモ・デル・トロ監督の集大成のような作品といえるでしょう。
彼の想いが詰め込まれた(製作も担当、製作費も出しています)本作は数々の賞を受賞しています。
第90回アカデミー賞では作品賞など4部門を受賞
第74回ヴェネツィア国際映画祭の(中略)金獅子賞を受賞
引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/シェイプ・オブ・ウォーター
言葉を失った中年女性と半魚人のラブ・ストーリーを、ミステリアスなタッチも加えて描く本作には大きなテーマが与えられています。
それは「愛の形」。そして「異形なもの、白人ではない人々(the others)に対する理解」。
それらは本作の時代設定を超えて現代人に響く作りとなってるのです。
ここではイライザとアセットは果たして何者たちだったのか、ラストシークエンスが表現することを読み解きつつ考察していきます。
時代設定と「寓話」の妙
本作の時代設定は1962年。アメリカはケネディ政権下でソ連との冷戦の真っ只中、しかもベトナム戦争が泥沼化し始めていました。
一方、公民権運動は始まったばかりで、人種差別や性差別は改善の兆しが見えない状況。それはまさに程度や質の差こそあれ現代と同じです。
また映画で描かれている時代ではまだまだ未知のものに対する偏見や恐怖は強かったといえるでしょう。
ギレルモ・デル・トロ監督が時代設定を半世紀以上前に設定したこと。
そのことは、本作を「おとぎ話・ファンタジー」「寓話」としたことに通じています。監督はこう語っています。
設定を現代にすると、なかなか人は耳を傾けてはくれません。
それならば、寓話(ぐうわ)やおとぎ話のようにして語れば、聞く耳を持ってくれるのではないか、と考えました。
引用:https://tvfan.kyodo.co.jp/feature-interview/interview/1139036
現代を直接表現するより、時代を移動させることで観客に考える時間を与えた、とも考えられます。
水が表すもの
映画は冒頭からラストまで、常に「水」が意識されています。
イライザ(サリー・ホーキンス)と水
それは風呂、コーヒー、毎朝彼女が食べる卵を茹でるお湯、雨、などなどです。
タイトルの通り本作では「水」を強く意識した、と監督は各所のインタビューで語っています。
では水は何を表しているのでしょうか。
「水」とタイトルの関係
タイトルの「シェイプ・オブ・ウォーター」(現代:The Sape of Water)は「水の形」と訳すことが出来ます。
水には形がありません。それは確たる形を持って目に触れるものではありませんん。「愛」も同じです。
人間は目に見えるものしか信じない傾向があります。そして人を見た目で判斷してしまいがちです。
目に見えないものでも大切なものはある、いや目に見えないものを大切にすることこそが大事なんだ、監督はそう言いたかったのに違いありません。
だからイライザとアセットは言葉が無くても心を通じ合わせることが出来、異形なものを愛することが出来たのではないでしょうか。
アセットにとってはイライザは異形であることも忘れてはならないことです。