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【子宮に沈める】ラストシーンの意味を考察!描かれた日本社会の闇と由希子の決断の関係は?彼女の心情やタイトルの意味にも迫る

最初はどちらも頑張る由希子ですが、次第にその生活に疲れ果てていく様子が随所に描かれています。

由紀子は初めから育児放棄をしていたわけではなく、生きることに追いつめられていったのでしょう。

由希子の心情の変化

苦悩

劇中の母親由希子も日本の抱える闇と直面することになります。

誰にも相談できず、助けも求められず、思い通りにならなくなっていく…、育児ノイローゼの原因は些細なことの積み重ねです。

辛い現実からの現実逃避、それが育児放棄につながっていったのだと考えられます。

一人の母親としての由希子

母

母親として育児に奮闘していた由希子は、手の込んだ料理を用意し子供との時間を目一杯に使っているようでした。

しかしシングルマザーになった後は時間に追われ、子供の要望にも応えない、彼女は一体何を感じていたのでしょう。

子供たちとのコミュニケーションが減ったことが、彼女の犯した間違いです。

子供の表情を見なくなったことで、子供が物であるかのような障害に思えてしまったのでしょう。

部屋が荒れていくのは、育児ノイローゼの入り口といわれています。

親として生きる覚悟がない由紀子

窓際の女性

劇中、由希子は母親としての側面と女性としての側面が描かれており、この二つの側面で彼女自身が悩み変化していくのが分かります。

女性としての由希子も母親としての由希子も同じ人物であるのに、その違いに苦しんでいるのでしょう。

当初は申し訳ないと分かっていながらも、自分の欲望を抑えることが出来ない…そんな気持ちではないでしょうか。

この時点で、由紀子は母親となる覚悟が無くなっていくのです。

一人の女性としての由希子

夫から拒絶されたことで、失意のどん底へと落ちていってしまったのでしょう。

夜の仕事をはじめ、服装も派手になっていったのは一人の女性として求められたい…そんな気持ちがあったからだと考えられます。

子供との時間をなくし、男性と過ごす時間を優先させることで自分を取り戻したと勘違いしていたのではないでしょうか。

彼女の思い描く幸せは、大きくズレてしまったといえるでしょう。

女性としての由希子と、母親としての由希子は次第に反比例をしていきます。

由紀子の決断と闇の関係

子供の涙

ネタバレになりますが、本作は最悪の結末をむかえます。

由紀子の決断の裏には、日本が抱える闇が存在していたことはいうまでもありません。

子供を拒絶してしまう母親

始めは子供のためにと生活していた由希子ですが、次第に自分のための生活に傾いてしまうのです。

彼女は親になってはいけない女性だったともいえます。

育児中にイライラしたり、子供に八つ当たりをしてしまうお母さんというものはよくあることで否定されることではありません。

その葛藤に悩むのが親なのでしょう。

しかし由希子は親としての悩みからも逃げてしまったのです。

もしも彼女に育児を分かち合える友人がいたら、イライラも親としての幸せな悩みだ、と気づかせてもらえたかもしれません。

たどり着いてしまった決断

表情のない女性

彼女は母親の心という大きなものを失いました。