それが、映画作りを通して自分自身と父親、家族や仲間に向き合い、生みの苦しみと喜びを経験し変化していきます。
これはジェームズが子供から大人へ成長する物語であり、同時に父としての役割を獲得する物語でもあるのです。
育ての父テッド その役割
父といえば忘れてはならないのはジェームズの育ての父、テッドの存在です。
誘拐の理由 想像力のもたらすもの
物語の序盤、テッドは言います。
夢や想像力で 厳しい現実から自由になれる
引用:ブリグズビー・ベア/配給会社:カルチャヴィル
テッド夫妻が誘拐をした理由は明らかにされませんでしたが、彼らも何かの厳しい現実から自由になりたかったのかもしれません。
そうして育てられたジェームズだからこそ、純粋でいられたともいえるでしょう。
マーク・ハミル 彼にしかできない役
そして映画ファンにはおなじみ、テッドを演じるマーク・ハミル。
あのスターウォーズのルーク・スカイウォーカーを演じた彼は、長くそのイメージに取りつかれていたといいます。
そんな彼がこの映画で演じるのは、誘拐犯としての父、ブリグズビー・ベアの声とサン・スナッチャーの声です。
フィクションで偽の息子を繋ぎとめ、父からの別離を越えて、そして父になる存在。
これらがルークとダース・ベイダーも彷彿とさせる、というのは過言ではないはずです。
その彼が語る言葉によって、この映画のメッセージがより強固なものになっています。
マーク・ハミルという俳優は、この映画に最も相応しいキャスティングだったといえるでしょう。
クリエイター賛歌 創ることのすばらしさ
厳しい現実を生きていくのに必要なのは、好きなことを貫き生きていくことでしょうか。
それとも、折り合いをつけてうまくやっていくことでしょうか。
その答えはありません。
ヴォーゲル刑事のように、昔を思い出し、思わず誰かに手を差し伸べるのもいいでしょう。
ジェームズのように、古い自分を捨て、新しい自分の物語を始めるのもいいでしょう。
主演と脚本のムーニー、監督のマッカリー、脚本のコステロはいずれも中学校で出会い、ともに短編映画を製作している。
引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/ブリグズビー・ベア
子供の頃からの友人だったというこの映画の作り手たち。
彼らもおそらく、厳しい現実の中で迷ったり苦しんだり、素晴らしい経験もしたはずです。
そうした共通理解が背景にあるからこそ、この映画には独自のリアリティがあるのだと考えられます。
何かを心から愛し取り組むことは、生きていくのに素晴らしい力をくれる。
この映画は、そんなクリエイターたちが送るいまを生きる人々へのエールなのではないでしょうか。