ラドンが登場するのは人気怪獣という理由もあります。
しかしそれだけではなく、ゴジラと同じく元が恐竜だったというところにポイントがあります。
争い合ったゴジラとラドンですが、彼らは太古の昔から現在に生き残った者同士。
そんな彼らが同じように人類に痛めつけられるとろこに人間の傲慢さが描かれています。
ゴジラより孤独なラドン
ゴジラのようにラドンには同族がいません。
例え命がけでベビーゴジラを守ろうともベビーとラドンは違う種族です。
そしてゴジラほどの力も無い。ここにラドンの悲しみがあります。
ラドンはゴジラよりもさらに孤独な存在です。
作中では誰一人ラドンの痛みを理解しようとする人間はいません。
ダメージを受けても痛みを感じないメカゴジラと対照的に痛みに苦しむラドンの姿。
あまりにラドンが報われませんが、この孤独と痛みが作品のテーマに関わっています。
人類の希望メカゴジラの矛盾
昭和シリーズとはガラリと設定が変わったメカゴジラ。果たして今作ではどんなキャラクターだったのでしょうか。
実は悪役のメカゴジラ
メカゴジラは最強の対ゴジラ用兵器なので作品世界では人類の希望です。
これまで数えきれないほどの人命がゴジラに奪われたことを考えればメカゴジラの勝利は人類の悲願です。
しかし、メカゴジラが戦うゴジラやラドンは人類を滅ぼすために来たのではなくただベビーゴジラを取り戻すために来ただけ。
そんな彼らを徹底的に痛めつける作中でのメカゴジラ立ち位置は、人類の味方でありながら悪役に位置しています。
何故希望であるはずのメカゴジラがそのような存在に見えるのか。
それにはメカゴジラを操る人類の存在があります。
怪獣と同等の力を持った人類の闇
メカゴジラは1991年公開の「ゴジラVSキングギドラ」で登場したメカキングギドラを解析し作られました。
未来人の科学を解析して作ったメカゴジラを持つことで、はじめて人類は怪獣と同等の力を得たのです。
しかし、それにより人類は打倒ゴジラに固執することになります。
それまでの人類の戦いはゴジラに対しての防衛でした。
それがメカゴジラを作ったことで絶対にゴジラを打倒しなくてはならなくなった。
勿論ゴジラがいる限りいつまたどこかで被害が出るかわからない。
しかし、そのために何の害も無いベビーゴジラを利用するという暴挙にまで出てしまう。
メカゴジラは戦いに取りつかれた人類の化身です。
しかしそこには「ゴジラを倒す」という目的はあってもそれ以外のものが何もない。
メカゴジラのパイロットたちもゴジラを倒す以外のことは考えていません。
ゴジラやラドンのように戦いにかける思いがメカゴジラには存在しないのです。
メカゴジラが悪役に見えるのはこの思いの無さであり、それがメカゴジラの敗北に繋がることにもなります。