こう見るとケヴィンは恵まれていて、シャロンが不憫に思えてしまいます。
しかしケヴィンにもシャロンと同じような道に進む選択肢も用意されていたはずです。
なぜこれ程まで明暗が分かれたのでしょうか。その答えはケヴィンが自分の道を自分で決めたからです。
作品の中ではシャロンの生き方がダメでケヴィンの生き方が正しいなんてメッセージは発信していません。
もしそのようなメッセージを発信していたら、この映画すら「他人の意見」になると考えていたのではないでしょうか。
だから静かに淡々とシャロンの人生を映しているのです。
海の役割
この映画は海のシーンが何度か登場します。
なんだか重要な意味を持っているように見えますが、どんなメッセージを受け取れるでしょうか。
キリスト教の洗礼
幼少期のシャロンはフアンに水泳のレクチャーを受けます。その様子はまるでキリスト教の洗礼。
またフアンが「最初の人類は黒人だった」と語る場面があったことも合わせて考えると意味深いシーンになります。
つまり本来のシャロンがこの瞬間に誕生したことが表されているのではないでしょうか。
ケヴィンとの愛
ケヴィンと愛を確かめあう場所としての役割も海は担っていました。
性的マイノリティーであることを受け入れ、本来の自分をさらけ出すことができたシャロン。
態度や表情には出さないものの、彼にとって幸福な瞬間だったはずです。
自分を取り戻す
再会を果たしたシャロンとケヴィン。
筋肉の鎧で武装したシャロンは見た目はまったくの別人でしたが、ケヴィンに本心を伝える姿は以前のシャロンそのものでした。
遠回りしましたが、本来の自分を取り戻すことができたのです。
このように海はシャロンの転機を演出する場所として用いられています。
派手な演出が無いシーンばかりですが、人生に意味を与える出来事ほどこのような静かな時に起こるものなのかもしれません。
月の光で青く見える理由
月の光に照らされた時青く輝くというセリフ。素敵な言葉だということはなんとなく分かります。
青は沈んだ気持ちや孤独を表すときに使われることが多い色。しかしこの映画では青は美しさの象徴です。
月の光は黄色ですから、青に見えるというのは特別な意味を持っているのかもしれません。
青といえば空、宇宙、海が思い浮かびます。それらは誰にとっても普遍的で、人種やジェンダーなど何も関係ありません。
月の光の下では人間は人間だということを表しているのだと推測できます。
何か大きなきっかけがないと自分を変えられないと考えている人は多いと思います。