思春期の少年少女が自分を外界から守るために硬い殻をまとっていると考えることは簡単です。
しかしその殻は永遠に閉ざされたままではいけません。何かしらの衝撃・覚醒が、子供を大人へと成長させます。
彼らにとってまさにこの瞬間が子供の殻を脱ぎ捨てるポイントだったのでしょう。
ヒカリの選択
親の死で一人ぼっちになった4人が集まり、なんだかんだ意気投合したのに、ノーを選んだヒカリの選択は悲しく感じます。
しかし彼のこの選択は分からなくもありません。ヒカリのこの時の心境を考えるには、直前の出来事を思い出す必要がありそうです。
なぜ最初にノーを選択した?
ノーを選んだ理由、それは直前に人生が走馬灯のように映ったことと関係があると考えられます。
ヒカリのこれまでの人生はお世辞にも幸せとはいえないものです。
それに親の死。そんな走馬灯にもめげず、すぐにイエスを選べるほど人間は強くありません。
ですからノーを選ぶことは必然的だったと言わざるを得ないでしょう。
やっぱりイエス
どこからか聞こえる声、そして仲間の顔。ヒカリは自分がもう一人ではない事に気付いたでしょう。
子供にとって親の存在は大きいですが、大人へ移行する段階のヒカリには仲間という心強い存在があるのです。
水の中に沈んで人生を考えたヒカリ。人生の「選択」と「洗濯」をかけたようなシーンに見えます。
目覚めた草原の真意
草原のシーンになるまで、ヒカリは親がこの場所に来ようとした理由を考えませんでした。
しかし新しい生命の誕生を経て、新しい視野を獲得したと考えられます。つまり親が来たかった場所で親の思考をイメージしてみたのでしょう。
親の心子知らずという言葉があるように、その立場でなくては理解できない考えがあります。
子供としてではなく親の目線に立った時、初めてヒカリは親の愛情を知ったのではないでしょうか。
人生にもたらした影響
ハッピーエンドの映画なのかと思わせておいて、エンドクレジットの後に場面がガラリと変わって葬儀場へ。
4人でバンドを組んで人気になって、紆余曲折あってからの夢オチという残酷さ。ヒカリの心の中はどうなったでしょうか。
辛い現実に引き戻されて、また心が死んだ状態になってしまったのか…。いや、きっとヒカリは以前とは違う考え方をしたはずです。
あの幻想によって、周りに振り回されず一段高い所からの視野を持つ大切さを学んだこと。
それはこれからのヒカリの長い人生に光をもたらしてくれるでしょう。