ほどほどの価値のものを渡せばドミトリーも目くじら立てなかったでしょうし、追いかけ回す必要もなかったのではないでしょうか。
ここで1つ仮説を立てるとすれば、屋敷で最も高価な絵を贈れば、グスタヴも売らないだろうと予想していたのかもしれません。
遺産をめぐって殺人が起こるほどの大金をマダムDは持っていたのですから、「少年と林檎」も博物館クラスの逸品だったと想像できます。
ならば売る確率は低くなるでしょう。
もしすぐさまグスタヴが絵を売ってしまったら、裏に隠された手紙の意味がなくなってしまうのですから。
彼の思考を読んでの選択だったはずです。でも実際にはグスタヴは絵を売ろうとしていましたが。
時代背景
この映画はシュテファン・ツヴァイクからの影響を受けた作品として作られました。
彼の生きた時代の出来事が多分に影響している作品のため、当時の時代背景を頭に入れる必要があるようです。
主人公が生きた時代
作中では3つの時代を行き来していて、特に話の中心になっているのが1930年代です。
1933年にドイツでナチスが独裁政権を握り、1939年には第二次世界大戦が勃発しました。
2度登場する国境警備も、そんな混乱を極めた時代背景を反映していると考えられます。
国境警備の対応の変化
1度目の国境警備の検問では臨時通行書を発行してもらえましたが、2度目はそれが通用しませんでした。
これも社会情勢が大いに反映されていると解釈できます。
今まで様々な分野で活躍してきたユダヤ人は優遇される存在だったのに、ナチスの台頭で迫害を受け始めたという転換期だったのではないでしょうか。
つまりグスタヴが受けた2度の検問が真逆の対応だったことは、ユダヤ人が受けた迫害を仄かしている可能性があるのです。
鍵の秘密結社
拘留されていたグスタヴの逃走を手引きしてくれたのは鍵の秘密結社でした。
グスタヴの広い人脈が紹介される場面です。
ホテルのコンシェルジュにこんなネットワークがあるのは突拍子もない設定に見えますが、これもユダヤの人脈と考えると納得がいきます。
無実の罪で捕まったグスタヴは、まるでユダヤ人迫害で捕まった罪なき人々のようです。
彼らのネットワークが秘密結社という形で活動しているのも、ナチスが常に目を光らせていたからかもしれません。
まとめ
ポップな色使いとシンメトリーの映像は、おとぎの国に迷い込んだ感覚を私たちに与えてくれます。
一見すると楽しげな作品なのですが、ウェス・アンダーソン監督が本当に伝えたかったのは暗い歴史だったのかもしれません。