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2019年に田中征爾が監督・脚本・編集を務めた「メランコリック」が公開されました。
高校時代の同級生百合に誘われたことがきっかけで銭湯のバイトを始めた主人公の和彦。
ひょんなことから閉店後の銭湯で殺人が行われているのを目撃してしまいます。うだつのあがらない和彦は殺人バイトを通して何を得るのか。
銭湯と殺人という一見ミスマッチな組み合わせが、ブラックユーモアと掛け合わさって妙にクセになる作品です。
今回はそんな「メランコリック」の、殺人処理後に訪れた平穏な結末の真意・和彦が社会性を得ることができた理由を考察します。
なぜ和彦は社会性を得ることができたのか?
バイトを通して金を稼ぎ、仲間ができる経験をした和彦。彼がこれらの経験によって社会性を得ることができた理由とは何だったのでしょうか。
社会性とは
和彦に欠けていたのは社会性だと思われますが、では社会性とは具体的にどのようなものかと聞かれたら答えるのは難しいです。
明確な定義はありませんが、社会性とは他者との関係を築き上げる能力・集団の中でやっていける能力と考えられます。
ニートだった和彦は他者との関わり合いが少なく、コミュニケーション能力が低いことは明白です。
同窓会でもひとりで残飯処理をしていたことからも、もともと人付き合いが苦手で社会性に乏しいといえるでしょう。
コミュ症からの脱却
百合の誘いでバイトを始めたり殺人現場を目撃したためにその仕事へ引きずり込まれたりと受け身でした。
しかし仕事を進めるうちに仲間ができ、対価として給料をもらえることの喜びを初めて知ることができたのです。
これにより意欲的に社会との関わりを持ち、自分の存在意義に気づいたといっていいでしょう。
これこそまさに彼が社会性を得た理由だったと考えられます。
殺人処理後に訪れた平穏な結末の真意
オーナーの東がいなくなり、銭湯を受け継いだ和彦達。それはまるで今までの犯罪が全て無かったかのようです。
彼にとって殺人は何の意味があったのでしょうか。終始罪の意識を持たず、殺人=金だったように見えます。
そう考えると、当初前のめりで殺人の仕事を欲していた和彦は金にのみ執着していたことが分かるはずです。
そして実際に大金をもらい続けてあることに気づいたのではないでしょうか。「人生金じゃない」と。
彼が本当に欲していたのは大金ではなく、平凡で緩い日常だったのでしょう。
反社会的行為を通して彼が見つけた幸せは、ごく普通の平穏な日々なのです。
和彦の成長
映画を観た人なら和彦がどんどん自分の殻を破っていく様子を感じたはずです。