まず注目するのは、上映開始から37分間つづくゾンビ映画『ONE CUT OF THE DEAD』を含む前半部分=伏線部分です。
誰もがすぐに「ワンカット撮影」という通常の映画では見られない手法で撮影されていることに気づいたことでしょう。
確かにワンカット撮影という「技法の凄さ」は印象に残りますが、内容自体は学生映画クオリティのチープなゾンビホラー映画で、とにかく無駄が多い!と思った方も多いのではないでしょうか。
しかしその無駄や違和感は制作側の思うツボで、これが面白さをより深める伏線となっているのです。
一度見ただけでは覚えきれない多数の伏線箇所に注目!
それでは、映画の前半部分にあった伏線をまとめてみます。
- 42回のテイクに監督がブチ切れるシーン:台本に載っていない監督の本当の怒り
- メイクさんが都市伝説の話をしている時の物音:ゾンビ役がアル中になってぶつかった音
- 趣味の話:場繋ぎのためのアドリブで護身術を伝える
- 話の途中で外に出ようとする音声さん:飲めない硬水を口に含んでしまい、お腹を下した
- 「撮影は続ける!」とカメラ目線で監督がセリフをいう:映像を見ている編集者に向けての言葉
- メイクさんが何度も怪我の確認をする:ストーリー変更による音声さんをゾンビ化するための時間稼ぎ
- 地面に落ちてから動かなくなるカメラ:カメラマンが腰痛のため動けなくなった
- カメラが動き出し、動きのある映像に代わる:カメラマンの助手がカメラを回わしたため
- 女優を殺そうとするメイクさん:メイク役の女優が憑依型のためセーブが効かなくなった
- 女優が叫び続ける映像が続く:男優のメイクをするための時間稼ぎ
- 小屋に現れたゾンビ:次の指示を持ったAD
- なかなか噛みつかない男優と女優の長い芝居:クレーンの代わりになる人間ピラミッドを完成させるまでの時間稼ぎ
スムーズに進んでしまうと感じないところを、わざと違和感を残しながらストーリーを展開させています。
映画撮影の裏で同時に起こっていることを計算に入れた「演出」に多くの人が絶賛したのです。
小屋に現れたゾンビの正体は?
女優が小屋に逃げ隠れた時に現れたゾンビですが、映画では足しか映っていません。
この時点では感染者も多く出ていますが、実はこのゾンビは劇中でメイクさんが話していた”ソレ”で、監督が屋上で血の呪文を唱えたから甦ったゾンビなのです。
第一犠牲者である撮影チームの一人にこのゾンビがかみついたことでこの惨劇が起こっていたのです。
ネタバレに見せかけた伏線の第2幕
ワンカット刷絵の解除と同時に時系列が第1幕の1カ月前に遡り、ゾンビホラー映画部分がすべて劇中劇であり、演出だったことが明かされます。
しかし、彼らの人間関係や性格を理解することや「第1幕が演出だった」と思い込むこと自体が、第3幕での爆笑への「フリ」となっていきます。
第1幕のネタバレかと思えたこの第2幕すらもひとつの伏線であることに観客は気づかぬまま、物語はクライマックスへと進みます。
笑いと感動と爽快さが吹き上がる第3幕
これまでに1時間かけて仕込まれた伏線がエンドロールまでの約30分間ですべて回収される第3幕です。
第1幕の違和感は演出=役者の演技力の無さによるものと思っている観客は、実は演出ではなくリアルなハプニングによって引き起こされたものだと知ることになります。
この多重仕掛けの構造を理解することが、「この映画は傑作だ」と本当の意味で引き付けられる理由だといえるでしょう。
生放送中に次々と起こる奇想天外なハプニングに対して笑ったり、父と娘の親子関係の修復に涙したり、違和感が解決される爽快さがあったり。
体の内側に充満した”カメ止めウイルス”が体内破裂を起こすかのような興奮で観客は虜になってしまいます。
しかし何よりも注目したいのは、ポンコツで協調性のなかった登場人物たちが生放送の成功という目的に向けて、降りかかるハプニングを切り抜けようと奔走する姿、熱量です。
どこか不器用な彼らが真剣そのものだからこそ、観ているこちらも心から笑えて、泣けて、スッキリする作品に成り得たのでしょう。
最終的に我々を虜にした正体は、キャラクターの熱量であり、彼らを演じている役者さんたちの熱量であり、監督をはじめとする『カメラを止めるな』の製作陣の熱量だったといえます。
人間ピラミッドはリハーサルでは一度も成功しなかった
クライマックスのシーンでスタッフもキャストも力を合わせて人間ピラミッドを完成させましたが、実際の撮影時にもなかなか完成することが出来なかったそうです。
ビラミッドを完成させるために直前まで演じていた長屋がスタッフと交代するシーンは、どうしても人間ピラミッドがうまくできないために監督が撮影前日に出した案なのです。
あまりの出来なさに人間ピラミッドの案を諦める話し合いまでしていたそうで、映画さながらの困難に対面しながら作成されたことが分かりますね。