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『ねこタクシー』『幼獣マメシバ』に次ぐ動物シリーズドラマの『猫侍』。
キャストの北村一輝演じる班目久太郎の強面加減と、愛猫となった白猫の玉之丞のギャップに心打たれます。
時代劇風な本作はドラマ版と劇場版があり、劇場版の短い時間だからこそ「もっと知りたい」と思う場面も多くありました。
その一つが、犬派米沢家と猫派相川家の抗争が収まった理由。作品では、両家の親分が突然抗争をやめたように見えます。
しかし、抗争が収まるにはきちんとした理由が描き出されていました。
また、江戸に越してきた寡黙な浪人である久太郎に、玉之丞はどんな影響を与えたのでしょうか。
さらに玉之丞を世話していたお梅は、久太郎の後をつけて久太郎の家にいる玉之丞を見つけます。
そう考えて見ると、お梅が久太郎のあとをつける理由が分かりません。今回はこれらのことを考察していきます。
父親や周りは気にしていない?
作品の根幹をなす、犬派の米沢家と猫派の相川家。
実は、その両屋敷のボスである父親たちは、犬や猫という動物同士の好き嫌いを、そこまで気にしていない様子が見られます。
米沢清兵衛(米沢家父親)は動物愛護派
米沢三郎太(米沢家若頭)が、父親に対して得意げに相川家の玉之丞を殺したことを語りました。
それに対して清兵衛はこのように返答します。
馬鹿者。動物を殺めるやつは許せねえ
引用:猫侍/配給会社:AMGエンタテイメント
この言葉から分かるのは、清兵衛は例え抗争相手の愛猫であっても、殺してはならないことを信条としていることです。
通常ならば、相川家を盛り上げることとなった猫なので、死んだ報告を聞くと喜ぶはず。
そうならないのは、相川家が盛り上がるのであっても、動物である猫ならばいいだろう、とする姿勢を持っているからです。
つまり清兵衛は、相川家の玉之丞に対して特段妬みや憎しみがあるわけではないことが分かります。
両家若頭が勝手に盛り上がっている
猫好きと犬好きの因縁があると見られている両家。
その因縁に基づいて、互いを勝手に犬だ、猫だ、としているのは、実は両家の若頭だけのように見えます。
例えば奉行所の役人は、猫の縁談を進める際も「たかが」とつけて、猫を重視していません。
さらに米沢家の甚太郎が逃げ出した際も、心配はしていますが清兵衛に特段焦る様子はなし。
また玉之丞と甚太郎を交換する場面で、甚太郎が姿をくらませたとき、米沢家の部下はこう言います。
あのバカ犬
引用:猫侍/配給会社:AMGエンタテイメント
これらのことから、犬・猫を気にしているのは若頭だけで、周りはそこまで犬派、猫派を気にしていないようです。
相川平八(相川家父親)はお見通し
玉之丞が盗まれ、代わりの白猫を「玉之丞」としているため、山田源七郎(相川家若頭)は焦って縁談を進めようとします。
はやるな。はやる人間は自分をごまかす
引用:猫侍/配給会社:AMGエンタテイメント
平八の発言に、源七郎は心を見透かされたと思い、むせました。この場面から、平八はすべてお見通しなことが分かります。
しかもそうであるのに、猫の縁談を急ごうとしないのは、特段奉行所の愛猫との縁談に興味もなければ、意志もないのでした。
だからこそ最後には、奉行所との縁談を急ぐ息子を見て虚しくなったのか、縁談は破談であることを宣言するのです。
相川家・米沢家の和解
周りはさほど気にしていないといっても、ここは江戸時代の話であり、筋を通さなければ後ろ指を指されます。
一応相川家と米沢家の抗争は、30年前の事件から犬派VS猫派の争いと言われているので、和解という形を取らなければなりません。
その第一歩は、相川平八からでした。
犬がかわいいと言ったのは…?
久太郎と島崎新右衛門が対峙するシーン。そこで清兵衛のくしゃみにより現場の緊張が解けた瞬間、平八が現れました。
そこで平八は、米沢家への和解を提案します。
かわいい犬ですな
引用:猫侍/配給会社:AMGエンタテイメント
一家の長である以上、簡単に頭を下げることはできません。しかし、米沢家の象徴である犬をほめることで、和解を申し入れるのです。
これに対して、清兵衛はこのように答えました。
猫もかわいいですな
引用:猫侍/配給会社:AMGエンタテイメント
ここで両家は完全に和解したのです。そもそも、両家の父親はそこまで猫・犬についてこだわっていません。