もしかしたら自己防衛本能が記憶をすり替えたのかもしれません。
そう考えると妻の亡霊が笑っていないことも納得できます。
犬の役割
野良犬として登場するシェパードは重要な役割を担っていました。
撃ち殺そうとする西を止めた時、篠原は西に優しいといわれます。
篠原が他者から『優しい』と言われたのは2回であり、その1回目が犬を救ったシーンです。
篠原は犬をとてもかわいがります。
犬とのかかわりから見える篠原の人間性
前述しましたが犬がいる時には妻の亡霊は現れません。
妻の亡霊が篠原の罪悪感の象徴だとすると犬によって篠原の心は落ち着いているということです。
篠原は妻を守れなかったことを後悔しています。
西の拳銃から犬を救うという行為は妻を救うことの代替えなのでしょう。
心の奥底に眠らせた殺人を犯した記憶を帳消しにするかごとく犬を救い自分と同じ食べ物を与える篠原は、酒が入らない限り優しい人間です。
犬を放した篠原の心理
計画を実行に移す朝に犬を放しました。
何度も振り返りつつ離れていった犬を見送った瞬間に篠原の顔つきが変わっています。
もう守るものは無いという思いを表情だけで知らしめる池内万作の見せどころでした。
犬は篠原にとって唯一のオアシスでしたから、それを放したということは生きていく気持ちは無いということでしょう。
犬は篠原の化身
前述したとおり拾った犬は重要な鍵を握ったキャストといえます。
この犬こそ篠原の化身です。
切れた鎖を引き摺りながら無意味に命を繋ぐために餌を求め彷徨う姿に篠原は自分を見たのでしょう。
犬を殺すなという言葉は『自分を殺さないでくれ』と同じ意味を持っています。
犬を殺そうとした西の気持ち
篠原を操り父親の復讐を遂げようとしていた時の西は犬を的にすることにも躊躇しません。
西もこの犬に篠原の姿を感じていたのでしょう。絶対に外さないという気迫さえ感じるシーンです。
行動を共にするうちに西は篠原を殺すことに迷いが出てきます。
それは犬をかわいがり引き取ろうかというシーンで垣間見られるのです。
篠原自身が飼い主にしっぽを振って命を繋ぐことが嫌な性格なのでしょう。
結局は西に委ねるより野良犬に返すことを選びました。
戻ってきた犬が篠原にもたらしたもの
全てを片付け残った一発の銃弾で自分の人生を終わらせようとした篠原のところに逃がした犬が戻ってきました。
それを見て死ぬことをやめた篠原は妻が戻ってきたように感じたのかもしれません。
生きる意味が生まれたのです。
しかしあれだけの人数を殺した篠原はこの先どうするのでしょうか。
西は事件を公にするつもりはありませんから篠原が捕まることはありません。
犬と一緒にこの町であの大きくて安いパンを食べて暮らしていくのでしょう。
ここからが本当の懲役生活なのかもしれません。
ラストで絵を切り裂くハルの手に握られていたのは篠原が使ったのと同じタイプの包丁でした。
このシーンに殺された妻の復讐を感じた観客も多いのではないでしょうか。