この当時のポルノ映画は今でいうAVの前身であり、70年代全盛期のポルノ映画の象徴に据えられています。
こうした当時の時代性に基づく記号的な70年代のエロスを一手に担っているのではないでしょうか。
とはいえ、勿論アメリアは決して好きでやっているのではなくあくまでもお仕事として取り組んでいました。
では彼女はポルノ映画女優として映画制作にどんな狙いがあったのでしょうか?
自動車産業の排ガスを訴える
そしてアメリアにはもう一つ、自動車の排ガスに抗議する環境保護団の主催者の顔もあったのです。
映写技師のチェットや彼氏のディーン達と共にポルノ映画を通して自動車産業の闇を暴こうとしていました。
幾分ご都合主義ですが、女優マーガレット・クアリーの演技力とスタイルで見事成功させています。
ですがそもそもポルノ映画で社会の闇を暴こうなどというのがどだい無理があるのです。
だからこの時点でアメリアも結局コメディ要員でしかないことが示されています。
まるで悲壮感のない最期
アメリアもよくよく見ると非常にずれたキャラなので、その死も全く悲壮感のないものです。
ジョン・ボーイに殺されはしたものの、彼女も他の登場人物と一緒で死ぬときはほんの一瞬でした。
暴力描写などもそうですが、本作はコメディの為なら命を粗末に扱うドライさが徹底されています。
だからハートフルな展開に見えて実は奥底でそうしたセオリーをせせら笑っているのです。
彼女の死はそんな作風を良くも悪くも代弁したものだったのではないでしょうか。
唯一茶化されなかったもの
本作は70年代アクション映画を笑い飛ばしていますが、唯一茶化しの対象にならなかったものがあります。
それこそが中心にあったマーチとヒーリー、そしてホリーという三者の探偵事務所の関係性です。
ホリーとヒーリーはマーチに最低親父とツッコミを入れながらも彼が本気で活躍する場面では茶化しません。
またマーチも普段はだらしない面が目立つものの、娘ホリーが絡むと命がけで本気を出します。
そして何より二人がラストで乾杯をかわすシーンに二人の絆が詰まっているのです。
この一線だけはしっかり守り切っているからこそ、どれだけハチャメチャやっても安心して見られます。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
本作は実は意外となされていない「アクション映画のコメディ化」をかなりストレートにやった作品です。
実はかなり大規模な犯罪アクションをご町内騒動の切った張ったに貶めそれを貫き通しました。
しかし、これは決して簡単に出来るものではなく70年代映画の徹底した分析と愛があるからこそなのです。
様々な変化球でラストまでしっかり走り抜けつつ、守るべき一本の芯をしっかりと核に持っています。
万人受けこそしないものの、手堅く作られた良質のコメディ作品として見て頂けるのではないでしょうか。
ここまでやりきったことでまたアクション映画にも大きな波が生まれてくると思わせる名作でした。