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【バイス】ラストシーンに込められた恐ろしい意味を徹底解説!ギャルが発する何気ない一言が持つ重さがこの作品を総括する

出典元:https://www.amazon.co.jp/dp/B07MCW5S5B/cinema-notes-22

アカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞を獲った「バイス」。

主演クリスチャン・ベイルの体型変化や主要キャストのそっくりさん加減がまず取り沙汰されてしまいがちな作品です。

しかし実は「バイス」は現代アメリカ政治史の闇を描く重要かつ膨大な情報が詰め込まれている映画なのです。

専門的なリテラシーが無いと読み解くのに苦労しがちな内容ですが、そこを監督・脚本のアダム・マッケイは実に上手く仕上げました。

政治を皮肉る風土というのはアメリカには古くから広くあります。

本作では、人気風刺コメディーテレビ番組「サラデー・ナイト・ライブ」(以下SNL)出身のマッケイ監督が得意のコメディー要素や暗喩を上手く使い、分かりやすく楽しい映画にしました。

「アメリカ最強・最悪の副大統領」ともいわれるディック・チェイニーはいかにして出来上がったか?

マッケイ監督はそれをどう描いたか?様々な角度からみていくことにしましょう。

最凶で最強

人の道を踏み外したチェイニー

Vice: Dick Cheney and the Hijacking of the American Presidency

タイトルの「バイス(Vice)」とは「副○○」という意味と、もう一つ「悪徳」というニュアンスがあります。

「マイアミ・バイス」は後者の意味合いです。大変含蓄のあるタイトルです。

では、チェイニーは一体何をしでかしたというのしょうか。

彼は現在のアメリカが直面する「国民の分断」の発端となったといっても過言ではない報道機関の「フェアネスドクトリン(公正報道原則)の撤廃」に下院議員時代に関わりました。

共和党の広報機関のようになっていくFox Newsの登場の下地を作ったわけです。

Fox Newsを作ったロジャー・エイルズもニクソンのメディア担当補佐官として本作に登場しています。

更に子ブッシュ政権時代の副大統領としてのチェイニーは「一元的執行府理論」という法律の穴を突く方法を考えつきます

これを使い9.11の後にイラクに戦争を仕掛け、大量破壊兵器の発見も無いまま多くの米兵士とイラク国民を殺してしまい、その混乱からイスラム国を誕生させてしまいました。

その状況は今日まで続いているというわけです。

一方で、チェイニーは世界最大の石油掘削機メーカーであるハリバートン社のCEOを務めるなど、この会社と深く関わりイラク戦争関連で巨万の富を得たとも指摘されています。

父の後を継いで大統領になることだけが目的だった子ブッシュの無能ぶりを見抜き、彼の権限を骨抜きにし、副大統領の権限を大統領と同等のものとする。

法の盲点を突いて強大な権力を手に入れたチェイニーを「人の道を踏み外した」とマッケイは見ています。

妻リンの存在の大きさ

チェイニーを背後で操るパワー

Vice - Der zweite Mann BD Blu-ray – 2019/7/1

イェール大学を退学になったワイオミングの飲んだくれのダメ人間、ディック・チェイニー。

彼をここまで権力追求の権化に仕立て上げたのは、学生時代の友人で妻となったリンの影響が大きいと描かれています。

頭が良く上昇志向の強いリンは、本来なら自分が政治の世界に進みたかったのです。

しかし、土地柄と時代がそれを許さず、彼女はヘタレ夫のチェイニーの尻を叩いて、時には入れ知恵を。

こうして、リンは夫を下院議員、大統領首席補佐官、国防長官、そして副大統領へと押し上げていきます。

下院議員選挙に立候補したチェイニーが持病の心臓病で選挙運動が出来ないと見るや、リンはチェイニーに代わり演説を引き受けて州内を巡ります。

その見事な演説で大衆の心を掴み、このおかげでチェイニーは当選を果たすのです。

チェイニーもリンから愛されたい、認められたい一心で彼女の手のひらで踊り続けます。ボンクラ夫も次第に権力と富に覚醒してくことになります。

しかし父ブッシュの後を狙って大統領選に進もうとした時、次女メアリーが同性愛者であることをカミングアウト。

強気のリンも流石に宗教保守の共和党内では指名を受けることは困難と見、チェイニーは父親として次女を愛しているという立場から大統領選を諦めます。

ここまでが映画の前半です。ここでマッケイはエンドロールを流すといういたずらを仕掛けます。

この辺り「SNL出身のマッケイらしい演出です。これで終わればチェイニー一家もメデタシメデタシだったのですが、そうは行きません。

リンが「あの酔っぱらいのボンクラ」と見抜いた子ブッシュからの電話で後半が幕を開けます。

フライ(疑似餌)が表現するもの

アングラー(釣り師)としてのチェイニー

Fly Fishing 2015 Calendar カレンダー – ウォールカレンダー, 2014/6/1

チェイニーの趣味は渓流のフライフィッシング

それがあるのか、内実を知ってのことかは分かりませんが、シークレットサービスが彼に付けたコードネームが「アングラー(釣り師)」でした。

映画では「フライ(疑似餌)」がチェイニー(と妻リン)の行動背景のメタファーとして有効に使われています。

要するに自分側に「釣り上げる」という意味合いです。

フライフィッシングは相手との騙し合いであり、それにはかなりの知恵が必要なはずです。これを操るのが覚醒したチェイニーと、妻リンという訳です。

最も効果的に使われていたのは、大統領戦に出る子ブッシュからの副大統領候補への立候補要請の電話でのシーン。

父の跡を継いで大統領職に就くことだけが目的のボンボンであることを知ったチェイニーとリンは、子ブッシュを釣り上げ」て自分の意のままに操れると見抜きました。

スローモーションを使いながら、子ブッシュがまんまと「疑似餌で釣られて」いく様子がこのメタファーでよく理解出来る表現となっています。

SNL出身のマッケイが創る世界

難しいことをコミカルに

Saturday Night Live - The Best Of

本作で描かれる政治の世界は時として理解しづらいものがあります。

マッケイ監督はこれを「SNL」で鍛えられたクリエイターらしく風刺の効いたコメディの要素を入れて良い意味での軽さと分かりやすさを演出しています。

縦軸として効果的に使われていたのがナレーションを務める架空の一般市民カートという男でしょう。

彼の正体は最初は見えていませんが、イラク戦争に招集される兵士として画面に登場、恨み節を披露します。

そして終盤では自動車事故で死んでしまい、その心臓がチェイニーに移植されるというギャグが描かれます。

これは真実ではなく、創作ですが、カートにしてみればイラクに行かされた上に心臓を提供しても、チェイニーからは感謝すらされません。

むしろ彼の延命にチカラを貸してしまったわけです。「最悪だろ?」と言いたくもなります。

映像面での工夫も

Vice - Der zweite Mann BD Blu-ray – 2019/7/1

他にも、先に触れた映画の途中で流れるエンドロールとか後述するホンモノのエンドロールの後の一幕。

チェイニーとリンの関係を「マクベス」になぞらえて、突然セリフがシェイクスピア調になったり。

このような政治劇の重さを軽減する工夫(一方でこれらが風刺となる)が見られます。

脚本も書いたマッケイ監督は上記の事柄や役者のカメラ目線のセリフなど、観客を離さず風刺の効いたコメディタッチの演出の中にアメリカの闇を描いてみせたのです。

また先述の「疑似餌」だけでなく、ホワイトハウス内での高く積み上げられる食器を意識させるカットを挿入しています。

これは9.11のワールド・トレード・センターや「バベルの塔」の暗喩としています。

セリフのみならず画像からも情報を提供しようとするマッケイの手腕が光ります。

ブラッド・ピットの存在

「プランB」が加わった意味

ブラッド・ピット写真集 BRAD PITT 大型本 – 2002/11/29

マッケイ+「プランB=ブラッド・ピット+クリスチャン・ベイルという座組は、マッケイ監督の前作「マネー・ショート」と同じ。

ここでも金融界という難しい問題を本作と同様の手法で見事に描き切り、マッケイはアカデミー賞脚本賞を獲得しています。

ブラッド・ピットはハリウッドでも「アンチ共和党」として知られ、彼の率いるプロダクション「プランB」は、その手の映画に数多くコミットしています。

本作はマッケイ自身が公に認めるように、ハリウッド・リベラルによる共和党を糾弾するための風刺映画。

ブラッド・ピットが資金面でバックアップしていることは、この映画の背後にあるものを雄弁に物語っています。

一方で、「SNL」の盟友で、これまで数々のコメディ映画を作ってきたウィル・フェレルもプロデューサーに名を連ねていています。

資金面で本作を支えながら「SNL」精神のバックボーンになっているという演出面での構図が明確に理解出来るでしょう。

クリスチャン・ベイルという俳優

ひたすらストイック

Christian Baleアクターファブリック壁スクロールポスター( 32 x 21 )インチ

本作の見所の一つであるオスカーも獲ったクリスチャン・ベイルの変身ぶり。

彼は映画のたびに太ったり痩せたりするので有名で、役のために歯を抜くことも厭いません。

流石に体重の極端な増減は心臓に悪、家族からの要請もあり、今後はそうしたことはやらないとインタビューで答えています。

目つきや次第に悪人面になっていく表情などを含めた彼の怪演はさすがオスカー主演男優賞候補になっただけの迫力はあります。

スティーブ・カレルのラムズフェルド、サム・ロックウェルの子ブッシュ、タイラー・ペリーのコリン・パウエルなどのそっくりさんぶりも見事なものです。

しかし、そっくりなのは面白いですが、それぞれがきちんとした演技が出来る名優たち。

マッケイの脚本の出来の良さも相まって、そっくりショーだけでなく、描かれる世界の真実味を倍加する意味で大変優れた技術といえるでしょう。

エンドロール後の一幕の主張の重さ

チェイニーの開き直りと最後の一撃

ポスター/スチール写真 A4 パターン1 バイス 光沢プリント

映画本編のラストはチェイニーがテレビカメラに向かうところ。

自分は国民に選ばれたのであって、国民の希望することをやっただけ、とホンモノのフッテージの中で開き直るところで終わります。

しかし、マッケイの爆弾はエンドロール後に隠されていました。

本編でも折に触れて登場してきた市民意識調査のためのグループインタビューのシーンが現れます。

一人の男が「結局、これ(本作)ってリベラルの宣伝じゃないか」と発言。民主党支持者との口論が始まります。

オレンジ顔(トランプのこと)が選ばれてこの国はどんどん悪くなっていく!」との発言も飛び出します。これはマッケイの心の叫びでしょう。

それはそれで熱心な討論なのです(国民の分断化も象徴しています)。

しかし、ちょっと離れていたところにいた二人の若い女性は、今度の『ワイルド・スピード』、チョー楽しみ!、とまるで無関心です。

そこで映画は終わります。

結局彼女らのような無関心層が、チェイニーやトランプの登場を許し、さらに彼らに開き直りの機会を与えてしまっているのだ、ということをマッケイは警告しています。

チェイニーを斬ってアメリカの闇をあぶり出してみせ、返す刀で国民もバッサリ。

ここまで観終えると、本作は政治ドラマ、人間ドラマ、コメディであり、土壇場で意味深長なホラーにすらなったのではないか、と思えてくるのです。