自身の将来に可能性を見出せないからこそ2人は身を寄せ合うように付き合ったのでしょう。
方や会社員をしながらラッパーを目指す者と方や医者としての独立開業を目指す者。
どちらも決して安全ではない茨の道へ進んでいくことに変わりはありません。
暴力を振るわない男と暴力を振るう女
とはいえ、そんな2人には決定的な違いがあって、それは暴力を振るうか否かです。
サフィナはスカイを瓶で殴る警察沙汰を起こしてムラドと険悪になってしまいます。
そう、本作で面白いのはムラドは1度も暴力を振るわずサフィナが暴力を振るうところ。
ムラドは父に暴力を振るわれているからこそ暴力で物事を解決しようとはしないのでしょう。
一方のサフィナは凄く感情的で自分の嫌なことには反対ですから時として暴力も辞さないのです。
ある意味逆転した構造ですが、2人はここで1度別れることになってしまいます。
雨降って地固まる
そんな見た目と中身が正反対の2人ですが、終盤にはしっかり仲が修復します。
正に雨降って地固まる、1度険悪になってもお互いを思う気持ちは変わらなかったのでしょう。
そしてそれを可能にしているのはムラドのラップに対する揺るぎない想いです。
サフィナに振られたことを引きずるほどムラドはヤワな男ではありません。
そのタフな精神力と生まれ持った音楽の才能とで見事にラッパーとして開業しました。
思えばこの2人もまた音楽によってお互いの想いをより強固に出来たのかも知れません。
好きを仕事に
そしてもう1つ、本作で見逃せない点は前述しましたがYouTube動画で人気を集めたという点です。
これは芸能界に入らなくても個人視点から発信できる時代が来たことの証左ではないでしょうか。
貧乏人が一攫千金でのし上がるというインド映画だと『スラムドッグ$ミリオネア』がありました。
しかしあの作品ではクイズミリオネアというリスクの大きい賭けがないとのし上がれません。
それが今ではネットビジネスを用いて自分の好きを仕事にすることが比較的容易になったのです。
そしてその波がインド社会にもやって来たことをムラドを通して描いているのでしょう。
だからこそ本作は破格の大ヒットを記録し、映画史に残る傑作となったのです。
1億総芸能人時代の到来
本作はムラドのサクセスストーリーを通してラップ映画の新生を見事に果たしました。
そしてそれは同時に1億総芸能人時代が到来していることを告げたのではないでしょうか。
これからの時代わざわざ芸能事務所に入らなくても豊かになることが出来るのです。
逆にいうとこれからはもう組織や旧来の価値観を当てにせず1人1人の手で探らないといけません。
ムラドもサフィナもラッパーと医者で形は違えど自分なりの音楽や医学を作っていくのでしょう。
正にこれからを生きる若者に向けての希望の象徴として作られた映画だといえます。