一方で、入り江がサムにとって具体的な目標でもある理由も。捜索の際、サムが地図作りで“達成バッヂ”もらったことが語られます。
入り江は、サムにとって自分の手で獲得した成果だったのです。
連れ戻される際、カーキスカウト(ボーイスカウトがモチーフ)のウォード隊長も、それを理解して語りかけます。
「君は勲章モノだ 最高のキャンプ地だよ 本当だ」
引用:ムーンライズ・キングダム/配給会社:フォーカス・フィーチャーズ、ファントム・フィルム
このように、サムは自分の勲章をスージーと分かち合うことで愛を示そうとしたのではないでしょうか。
サムとスージーがもたらしたもの
子供なりの必死さで頑張った一回目の逃避行。それは多くの変化をもたらします。
サムの仲間の変化
サムが養子で、更に義理の両親から見捨てられたことが判明。結果、スカウトの仲間や隊長までもがサムに同情を示します。
自分たちがサムについて何も知らなかったことや、家族や仲間がいて当たり前と思っていたことも気づいたのでしょう。
これは、彼らも新しい視点を獲得した=大人になったといえる大きな転換です。
スージーと母の会話
スージーと母親ローラ(フランシス・マクドーマンド)の会話はもっと現実的です。
母とシャープ警部の不倫について、スージーが指摘した際の会話。
「あの哀れでバカな警官とデキてる」
「バカじゃないわ でも哀れかもしれない」引用:ムーンライズ・キングダム/配給会社:フォーカス・フィーチャーズ、ファントム・フィルム
もはや大人の女性同士の会話といってもいいでしょう。心情を吐露した娘に、母親も腹を割って答えるしかなくなったのです。
このようにして、子供二人の逃避行が、世界に変化をもたらし始めるのです。
シャープ警部がサムを引き取った理由
サムを引き取ったシャープ警部とのやり取りから、更に象徴的なメッセージが読み取れます。
警部の人となり
サムにビールを注いでやる警部。警察でも大人でもNGな行為ではありますが、不倫からしても彼は正義を示す存在ではありません。
狭い島の中で一人暮らし。住んでいるのはトレーラーハウス。そして不倫行為。
明示はされませんが、警部も家族や女性的な愛に欠けている存在ではと推測ができます。
ビールを注ぐのは、駆け落ちに踏み切ったサムの勇気への敬意表明なのでしょう。
そして同時に、十二歳の少年の危なっかしい行動を前に、自分が大人であることを自覚させられたはず。
サムを引き取ることにしたのは、そんな心情の表れだったのではないでしょうか。
サムとの対比
更に二人の会話から深められていく物語のテーマが窺えます。
「恋愛経験は?」
「あるとも 片思いだった」引用:ムーンライズ・キングダム/配給会社:フォーカス・フィーチャーズ、ファントム・フィルム
警部の答えに何も言わず肯くサム。大人と子供の立場が逆転しているとすらいえるやり取りです。
そんなあやふやな警部をはじめ、この作品に登場する他の大人も完全な存在とは言えません。
拡声器で話すスージーの父ウォルト、コミュニケーションの取れないサムの義両親。
彼らと比べて、真剣に愛を貫こうとしたサムとスージーとでは、果たしてどちらが大人なのでしょうか?
実は大人もそれぞれに問題を抱えた一個の存在である。そんなメッセージが、警部とのやり取りでより浮き彫りになるのです。
そうして物語は、「子供と大人」という単純な構造から、人間たちのドラマへと変化します。