本当の所はかつて体を重ねたいとこの賢治と会う口実が欲しかったのでしょう。

冠婚葬祭となれば、余程日程が忙しいとかでもない限り普通は出席するものです。

ましてや震災によって賢治の父の会社が倒産して賢治はニートになっていました。

こうなれば2人が会わない理由はなく、そのタイミングが上手く重なったと推測されます。

実際直子は賢治と会いたくて仕方ないという言動・行動が終始目立っていました。

賢治の結婚への当てつけ

そして後半で明らかとなりますが、既に結婚していた賢治への当てつけだったのです。

賢治は既に結婚・離婚をし、更に子供まで持つも浮気されて1年で関係性が破綻してしまいます。

そんな賢治の結婚相手への嫉妬である、見栄を張って賢治に素敵な結婚を見せつけたかったのでしょう。

突き詰めると、直子は単に賢治に振り向いて欲しいから結婚という選択肢を取ったことが窺えます。

双方とも何とも不器用な生き方をしているものです。

結婚前に体を重ねた理由

結婚までに、やっておくべきお金のこと (サンマーク文庫)

こうして奇妙な形で再会することになった賢治と直子は結婚前に何度も体を重ねます。

かつての肉欲に溺れていた時期に戻りましたが、何故こんなことをするのでしょうか?

体が求めている

身体が求める運動とは何か 法則性を活かした運動誘導

1番の理由はやはり体が求めているからに他なりません。直子がはっきりと口にしています。

賢ちゃんが知っている賢ちゃんの体と、私が知っている心と体とは違うんだよ

引用:火口のふたり/配給会社:ファントム・フィルム

そう、賢治も直子も体がお互いを求めていることを本能的に感じているのです。

体を重ねることはもう2人にとって好き嫌いを超越した当たり前の日常となります。

たとえ直子が結婚した後もこの関係はずっと続いていくことでしょう。

空白の日々を埋める

空白の天気図

2つ目に、単に体を重ねるだけではなく空白の日々を埋めることも意味しています。

特に賢治が料理を作って一緒に食べるシーンは食事共々非常にお洒落です。

その中で賢治も直子も段々本来の自分らしさに戻っていっています。

単なる肉体関係だけではなく、寝食を共にすることで関係性を再構築しているのでしょう。

実際後半になると、2人の関係はどんどん笑顔が溢れるようになります。

「生きる」為

喜びから人生を生きる! ― 臨死体験が教えてくれたこと

2人の日々を奥深くまで突き詰めると、詰まるところ「生きる」為ではないでしょうか。

きちんと食事をして大好きな人と体を重ねて、そしてきちんと体を休めるというシンプルな生活。

何も阻害するものがない日々の中でどんどん自然な姿へと回帰していきます。

どんなに形を取り繕ってもそれらを取っ払えば所詮は男と女という生物の関係です。

だから恋とか愛とかではない、もっとシンプルな「生きる」ことの本質を描いています。

決して綺麗事ではないけど、単なる惰性でもない純粋で素直な男女の関係でしょう。

2人にとっての富士山噴火の意味

富士山噴火 (集英社文庫)

そしてラストでは富士山噴火により実質的に直子と自衛官の結婚式は破談となりました。

賢治と直子は改めて正直に生きるのですが、2人にとって富士山噴火とは何なのでしょうか?

理性(建前)の崩壊

理性崩壊 兄嫁と姪姉妹 (フランス書院文庫)