郷田としては男の尊厳をズタズタに潰され踏みにじられたも同然でしょう。

幾ら家賃滞納していたとはいえ、郷田だって1人の男であり感情があります。

それを無碍にされて嬉しいわけがなく、十分な自殺動機となるのではないでしょうか。

何もかもを失った

愛する人を失ったとき あなたに起こること

2つ目に、郷田は遠藤への復讐の果てに何もかもを失ったことになるからです。

確かに郷田は遠藤に対して強い嫌悪感・憎悪のような感情を抱いていました。

それに直前まで遠藤殺害を認めようとしなかったのですから、罪悪感はないでしょう。

しかし、復讐の代償として郷田は自分と関わってくれる人を失ってしまったのです。

その虚無感が釈放された後に残り、自殺に至ったのではないでしょうか。

つまり郷田は生きる意味を見失ってしまったことが窺えます。

照子に会いに行く

そして3つ目に、郷田は照子に会いに行きたかったのではないでしょうか。

裏切られ利用されたとはいえ、照子を好きだったことに変わりはありません。

彼は何としても照子の待つ地獄へ行きたかったのだと思われます。

おそらく、この世に対する未練は照子や遠藤がいなくなった時点でないでしょう。

自殺なのに後ろめたさや後味の悪さみたいなものが感じられないのです。

演出としても、郷田の自殺は可哀想なことや悲劇として演出されていません。

この突き放した姿勢が徹底されているのが本作の見事なところでしょう。

“居場所”を探す物語

居場所――生の回復と充溢のトポス

本作はこうして読み解いていくと、“居場所”を探す物語であることが見えてきます。

遠藤・照子・直子・郷田は4人共それぞれに自分の心の居場所を求めていたのでしょう。

照子と直子は遠藤を居場所にし、郷田は照子を居場所として生きていました。

そして肝心の遠藤は他の3人と違って最期まで自身の居場所が見つからなかったのです。

彼の人生の歯車は学生時代にモルヒネによる心中を仕掛けたときから狂ってしまったのでしょう。

そう見ていくと、本作は遠藤の狂気に他の人たちが巻き込まれた形なのかもしれません。

誰にも感情移入させない

抽象と感情移入―東洋芸術と西洋芸術 (岩波文庫 青 650-1)

本作の素晴らしい所はこれだけ濃密な情念を描きつつ、その実誰にも与さない所です。

表向き昼ドラに近い作劇を取りながら、それですらもドライに突き放しています。

だから、本作は官能的でありながらも根っこの部分でそれを肯定しません。

あくまでも明智小五郎視点で事件として俯瞰するスタイルを貫いているのです。

誰にも媚びず靡かない徹底したドライな作風が本作を傑作たらしめている所以でしょう。

原典をねじ曲げているようで、実はしっかりとした敬意と愛の感じられる逸品です。

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