ドラマとして強調されているのはお世話になった恩返しでした。

何と、かつて原発建設の技術者と共に暮らしていた少年が将校となっていたのです。

彼が考えたのは”トモダチ作戦“という名の善意による申し出でありました。

お世話になった人々へしっかり返していってこその社会貢献だと示しています。

単に緊急事態になったからではなく、自由意志でそれを行ったのが素敵です。

あくまでも善意に基づいてこの支援が行われているのがこの支援の意図でした。

国境を越えた繋がり

2つ目に災害では日米という国境すらも越えた繋がりが出来るのです。

実際に東日本大震災当時は日本のみならず海外からも多数の激励や支援がありました。

その1つが在日米軍による支援であり、ここで1つが感じられるようになっています。

寄付金や支援というと、どうしても偽善に感じられてしまう部分もあるでしょう。

それを偽善だと感じさせない為に世間の報道や首相との温度差・軋轢が描かれているのです。

心から人を助けたいという思いに国境や人種はまるで関係ありません。

邦画初の米軍撮影協力

そして3つ目に、これ自体が邦画界において初の米軍撮影協力であるということです。

日本映画で本物の米軍が撮影に協力してくれることなど未だかつてありませんでした。

リアルを再現する為とはいえ、ここまでしてくれたのは奇跡とさえいえるかもしれません。

実際将校を演じているダニエル・カールも何度も被災地に足を運び被災者とお話になったそうです。

つまり、ドラマの中だけではなく現実の話として米軍が善意の支援を映画にしてくださいました。

これは邦画の歴史に刻まれる大きな功績なのではないでしょうか。

現実を映す

現実を視よ

本作を通して強く感じられるのは何といっても「現実を映す」という姿勢です。

ドラマなので多少なり脚色があるとはいえ、画面に迸る熱気や重さは非常にリアルでしょう。

細部に至るまで細かく再現されており、それは傷口に塩を塗るかの如き痛さがあります。

しかし、その痛さを福島県民をはじめ、日本国民全員が当時共有したのは間違いありません。

その感覚を絶対に忘れることなく、現実として受け止め前に進まなければならないのです。

現実を映すのが映画の役割ですが、その使命はしかと果たされたのではないでしょうか。

その思いを作品にしっかり閉じ込めた作り手の精神性は並々ならぬ衝撃を与えてくれました。

天災は忘れた頃にやってくる

天災は忘れた頃に: 関東大震災日記・記録

本作は決してそんなに何度も見直したくなるような作品ではないでしょう。

非常に重苦しい現実を切々と描き出しているからであり、息が詰まりそうになります。

しかし、同時に天災は忘れた頃にやってくることもまた教えてくれるのです。

油断していると、またもや大きな災害が襲ってくるかもしれません。

東日本大震災は日本人の記憶だけではなく、邦画の歴史も大きく変えました。

そのことを思い出させてくれた名作として映画史に残り続けていくでしょう。